転校
その日以来、由依は学校に来なくなった。校内の秩序は安定し、生徒たちは安堵を噛みしめている。
「由依、来なくなったね」
「あれだけの暴行を働いていたことがリークされたんだもん、来れるわけないよ」
「ましてや復讐代行部を敵に回したんだから、自業自得だよね」
突如訪れた平穏に、彼らは嬉々とするばかりであった。
一方で、潤也は苛立っている。
「クソ……アイツ来ないじゃねぇか。これじゃ、復讐代行ができないだろ」
彼にとっての最大の敵は、由依ではない。退屈だ。混沌を愛し、混沌に生きる者にとって、平和ほど煩わしいものはないのだ。
それから数日後、朝のホームルームにて、担任教師が衝撃的な真実を告げる。
「皆さんにお知らせすることがあります。蒼木さんが本日をもって、転校することになりました」
多くの生徒にとって、これは朗報だ。恐怖でクラスを支配していた女王は、もうこの学校にはいないのだ。さりとて、それは潤也の望んだ盤面ではない。
「逃げやがって……つまんねぇ女」
そう零した彼は、眉間にしわを寄せながら頬杖を突いていた。形がどうであれ、彼はある意味で勝利し、ある意味で敗北している。されど潤也は、ここで終わらせる気など更々ない。周囲が歓喜している中、彼だけは次の作戦を練っていた。
その日の昼休み――いつもの三人が、いつもの空き教室に集結した。最初に話を切り出すのは、潤也だ。
「由依の奴、引き際を見極める判断だけは賢明だな。俺たちを敵に回した時点で、もうこの学校には居られない――アイツはそれを理解した」
言うならば、あれは敗走というよりも、戦略的撤退に近い――彼はそう考えていた。その傍らでは、絵里が無邪気な笑みを浮かべている。
「良かった……これであーしたち、平和に過ごせるんだ」
それは体育倉庫の地獄を味わった被害者による、切実な言葉であった。そんな彼女に対し、潤也は問う。
「お前、ここで引き下がるつもりか?」
凄まじい執念だ。宏太はほんの数瞬ほど唖然とし、数秒後に沈黙を破る。
「潤也、それはどういう意味だ?」
「俺は蒼木由依を逃がさねぇ。俺が生きている限り、アイツに安全圏なんかない。それを思い知らせてやるよ」
その眼差しは、まさに捕食者のそれだった。しかし現実問題として、由依はすでに転校している。もう同じ学校にいない相手を狩るのは、あまり現実的ではないだろう。
「だ、だけど、どうやって……?」
絵里は訊ねた。そこで潤也は邪悪な笑みを見せ、彼女に計画を説明する。
「少なくとも今となっては、南岬原高の連中は由依を安全に売れる環境を確立されたんだ。同時に、これまでの鬱憤も蓄積しているはず。つまり、グループチャットでアイツの個人情報を収集すれば良い」
確かに、今の由依には味方がいない。その上、彼女と深い関わりを持っていた者は大勢いる。つまるところ、復讐代行部の三人にはまだ、蒼木由依に攻撃する手立てが残されているということだ。
もちろん、情報収集の役割を担うのは宏太だ。
「わかった。情報を募ろう」
そう宣言した彼は、すぐにクラスのグループチャットを開いた。それから彼は、あるメッセージを送信する。
「蒼木由依に鉄槌を下す。そのために、蒼木由依についての全てを教えて欲しい。住所でも、SNSアカウントでも、出没地域でも、何でも良い」
そのメッセージに、じわじわと既読が付いていく。直後、様々な証言がグループチャットで共有されていく。
「由依の家、住所は覚えてないけど、最寄り駅は新内ケ丘だったはずだよ」
「由依のツブヤイターのアカウントは、@kawaii_apple19だね」
「由依はよく、川沢駅前のダーツバーに行っているよ」
そんな画面を眺め、潤也は嗤う。
「俺の夢、叶うかもな」
「夢?」
「ああ、復讐代行で自殺者を出す夢だ」
これから彼が何をするつもりなのか――それは彼自身にしかわからない。宏太と絵里は、かつてない緊張感を覚えた。




