第一歩
ある日の放課後、宏太と潤也は体育倉庫の裏にいた。潤也に肩車されている宏太は、自撮り棒でスマートフォンを高く持ち上げる。その端末は、すでに倉庫の窓越しに見える光景を撮影し始めている。それから数分後、由依と絵里が体育倉庫に立ち入った。由依はいつものように、絵里に激しい暴行を加えていく。
「最っ高ォ! 君が口を閉ざしてくれているおかげで、私はこうして鬱憤を晴らすことができる!」
「ぜぇ……ぜぇ……」
「あれ? もう息が上がってるの? まだまだ、これからじゃん!」
一発、更に一発。重い拳を叩きつけられ、絵里の体は痛んでいく。それでも、絵里は屈しない。
「あーし、絶対助かるもん。宏太たちなら、あーしを助けてくれるもん!」
「あれぇ? もう口外しちゃったんだぁ。そのしわ寄せが他の誰かに向いた時、君は責任を取れるのかなぁ?」
「そうなる前に、あんたをぶっ潰す!」
――彼女は強気だ。彼女は、本心から仲間を信じていた。して、その勇姿は今、スマートフォンで撮影されている。眼前の少女を殴ることに夢中で、由依の意識は窓には向けられていない。
それから約十分間も暴行に及んだ末に、由依は言う。
「楽しかったよ。また明日遊ぼうね、絵里ちゃん」
そう言い残した彼女は、体育倉庫を後にした。
宏太はスマートフォンを手元に戻し、動画を保存する。無論、それだけではない。
「端末を押収されたら、計画は全て破綻する。そうなる前に……っと」
用意周到な彼は、動画をクラウドにアップロードした。これで、彼はいつでもこの動画を呼び出すことができる。
そこで潤也は提案する。
「今夜、この動画をクラスのグループチャットに投げつけよう。多くの人間の目に物的証拠が焼き付けられれば、流石の由依も表を歩きづらくなるだろうよ」
由依の狼藉もここまでだ――彼らはそう確信した。
その日の夜、宏太は通話アプリを開き、クラスのグループチャットにアクセスした。続いて、彼はすぐさま例の動画を送信する。由依と絵里の会話は雑音にかき消されていたが、暴力行為自体は映像として記録されている。この瞬間、由依は激昂した。彼女のアカウントから、一通のメッセージが送られてくる。
「消せ」
無論、ここで素直に応じる宏太ではない。彼が動画を送ったことにより、数多の生徒が反応し始める。
「由依、最低」
「抵抗できない相手を殴り続けるなんて、流石に看過できないよ」
「これもう事件だろ」
そこでいよいよ、復讐代行部の扇動担当者の出番だ。親から新しいスマートフォンを買い与えられている絵里は、執念を燃やすようにメッセージを送信していく。
「皆、今度から由依のこと無視しよ。何か言ってきたら、殴って良いよ」
「本気で痛かった。宏太以外、誰にも相談できなかった」
「体育倉庫で鍵をかけられて、一晩中閉じ込められた日もあったよ。本当に心細かった」
これらのメッセージ群を前に、生徒たちは次々と暴徒化していく。
「うわぁ……」
「由依の奴、越えちゃいけないラインもわからないのかよ」
「監禁罪じゃん。通報した方が良いのかな?」
この一晩だけで、由依の立場は大きく変わった。かつては一軍女子、南岬原高二大巨悪のうちの一人、そして女王だった彼女も、今となっては暴走した正義の的である。ここで声を上げたところで、由依はもう何も修復できないだろう。
クラスのグループチャットに、無機質な通知が一通入る。
「蒼木由依が退出しました」
それはある種、復讐代行部の勝利への第一歩であった。
「逃げた。ざまあ」
「由依、だっさ」
「二度と帰ってくるなよー」
そんな言葉の数々が、生徒たちのアカウントから発信される。それからグループチャットは、丑三つ時まで由依への暴言で盛り上がったのだった。




