保健室
その日の深夜になり、絵里の母親は警察に連絡する。
「娘が帰って来ないんです! 探してください!」
「えーっと、娘さんのお名前は?」
「白宮絵里です! 色の白に、宮殿の宮に、イラストの絵に、里です!」
母親は、酷く取り乱していた。それもそのはずだ。愛娘が連絡もなしに深夜まで帰って来ないとなると、普通の親はパニックに陥る。して、白宮もその例外ではない。
警察はすぐに動き出し、絵里を探し回った。南岬原周辺や、彼女自身の自宅の周囲も洗っていく。しかし彼らは、誰一人として体育倉庫を怪しいと考えない。当然だ。絵里はとうに気絶しており、もう声を上げられないのだから。つまるところ、警察沙汰になったのにも関わらず、由依が裁かれることはない。それは絵里やその母親からしてみれば、この上なく胸糞の悪い事実だろう。
――結局、その日に絵里が発見されることはなかった。
翌朝、バスケットボール部の顧問が体育倉庫を訪ねた。彼が戸を開くと、両手を結束バンドで拘束された――満身創痍の絵里の姿が飛び込んでくる。彼女はその身を震わせつつ、顧問の方へと目を遣った。
「助……けて……」
事態は深刻だ。それは火を見るよりも明らかである。
「一先ず、保健室だ!」
そう叫んだ顧問は、絵里を背中に負ぶった。それから彼は、急ぎ足で保健室へと駆け込んでいった。
保健室には、ガーゼを切るためのハサミがある。一先ず、顧問は結束バンドを切り、絵里の両手を解放した。続いて、養護教諭が消毒液とガーゼを取り出し、彼女の傷を消毒していく。
「い、痛っ……」
「我慢して。もう少しの辛抱だから」
「は、はい!」
それから彼女の頬には軟膏が塗られ、次にその身には包帯が巻かれていく。バスケットボール部の顧問が気にしているのは、この状況に至った経緯だ。
「絵里。一体、誰にやられたんだ?」
単刀直入な質問である。この瞬間、絵里の脳内で、由依の言葉の数々が反響する。
「……君はいじめを減らしたんじゃない。いじめのしわ寄せの行先を変えただけ」
「君はいじめを無くす仕組みじゃなくて、より善良な人間に被害が集中する仕組みを作ったってわけ!」
「無理なんだよ。どんな仕組みのもとであっても、しわ寄せは必ず生じるんだよ! スライドパズルをどう組み替えても、必ず空きが生まれるようにね!」
……ここで犯人の名前を挙げれば、空席を作ることになる。それを恐れた絵里は、こう答える。
「……言えません。あーし、そろそろ行きます」
最後にそう告げた彼女は、保健室を後にした。
その後、絵里は教室にて、由依と邂逅した。さっそく、由依は絵里の耳元で囁く。
「今日の放課後も殴らせてよ。君が皆を守るには、私のサンドバッグになるしかないんだよ」
それが彼女の第一声だった。絵里は小さく頷きながら、必死に涙をこらえていた。その後のホームルームも、授業も、彼女はまるで集中できない。今日の放課後も、きっと暴行を受けることになるだろう。
そして昼休み――絵里はいつもの空き教室にて、宏太に声をかける。
「宏太――ちょっと良いかな」
「由依にやられたのか?」
「……うん。宏太には、調査を頼みたい」
いよいよ、復讐代行部が動き出す時だ。そこに割り込んでくるのは、潤也である。
「お、面白そうじゃん。アイツ、ぶっ潰してやろうよ」
そんな強気なことを口走った彼は、嬉々とした笑みを浮かべていた。やはり彼と宏太は、絵里の頼もしい味方だ。
「二人とも……ありがとう……」
感極まった絵里は、その場で泣き崩れた。
しかし宏太たちも、証拠が揃うまでは下手を打てない。ゆえに体育倉庫での暴行は、それから数日ほど続いた。それでも絵里は、決して折れはしない。何故なら、彼女は仲間を信じているからだ。




