体育倉庫
校内でチャイムが鳴り響き、放課後が訪れた。約束通り、絵里は由依と共に体育倉庫の前へと向かう。そして由依が合鍵を取り出した瞬間、絵里は目を疑った。体育倉庫の戸は、問題なく解錠される。
「え、待って! なんで、鍵持ってるの?」
「いいから、入って」
「う、うん。わかったよ……」
少し戸惑いながらも、絵里は体育倉庫の戸を潜った。直後、彼女の後頭部に、強烈な右ストレートが叩き込まれる。彼女はそのまま前方に倒れ、隙を見せてしまった。そんな彼女の両手首を、由依は結束バンドで拘束する。それから一発、また一発と、容赦ない打撃が繰り出されていった。無論、両手を塞がれている絵里は、抵抗もままならない有り様だ。
「やめて! やめてよ! あーしが一体、何をしたって言うの!」
「いじめはいじめる方が悪いって、君ならよく理解しているでしょ? 裏を返せば、人をいじめるのに理由は要らないってこと!」
「ひっ……!」
直後、彼女は顔面に蹴りを食らった。その鼻孔は流血していたが、由依の攻撃は留まるところを知らない。由依は絵里を蹴り転がし、仰向けの状態にする。それからマウントポジションを取った彼女は、何度も絵里の両頬を殴り続けた。
「あはは! 師走がいない今、君がこのことを告発したら、どうなると思う? 前にも言ったよね? スライドパズルをどう組み替えても、必ず空きが生じるって! 君が離脱した空席には、果たして誰が入るのかな?」
「やめ……て……」
「萩田かな? 小野田かな? それとも、澤渡かなァ? 私からしてみれば、人間を壊すことなんて、赤子の手を捻るようなものなんだよ!」
「そんなの、許せない! やるなら、あーしにやってよ! あーしをいじめたいんでしょ? だったら、あーしがあんたの悪意の受け皿になる!」
「ふふふ……良いね良いね。君は師走と同じ道を歩むのかな? それとも、最後まで壊れないのかな? いずれにしても、見ものだよ!」
この最中、由依は有り余る多幸感に呑まれていた。一方で、抵抗すら許されない絵里は、満身創痍の有り様である。直後、由依は彼女のスクールバッグを漁り、スマートフォンを取り出した。そのスマートフォンは、すぐさま地面に叩きつけられた。
「な、何をするの?」
「何って、外部との連絡手段を絶っただけだよ! 一つ星ホテル体育倉庫にようこそ、お客様!」
「そ、それって……まさか……」
絵里は青ざめた。つい先程、彼女は由依が合鍵を携えているのを目撃したばかりなのだ。つまるところ、由依が意味するところはただ一つだ。
「じゃあね、絵里」
そう言い残した由依は、外から体育倉庫の戸を施錠した。連絡手段は絶たれ、両手は拘束され、意識は朦朧としている――まさしく、絵里は絶体絶命の有り様だ。
「待って! 嘘でしょ! 開けて! 開けてよ!」
そんな叫び声は、誰の耳にも届かない。当然だ。放課後の体育倉庫に用がある者は、そう多くはない。底知れぬ絶望だけがそこにある。痛みと共に過ごす時間は、絵里にとってはあまりにも遅く流れているように感じられた。
「助けて! 誰か! 助けて!」
その声も、体育倉庫の中でしか響き渡らない。叫び声を上げたところで、無駄に体力を浪費するだけだ。力尽き果てた彼女は、そのまま眠りに就いてしまった。画面が酷く割れたスマートフォンは、事態の凄惨さを物語っている。
同じ頃、由依は帰り道にあるコーヒー屋にて、カプチーノを飲んでいた。誰もが恐れていた相手――復讐代行部に一方的な傷をつけた人物は、彼女が初めてだろう。由依の着けている無線イヤホンからは、オルタナティブ・ロックの音色が漏れ出していた。
「最高の旋律を奏でてよ、絵里」
そんなことを心の中で呟いた彼女は、上品な佇まいでカプチーノを飲み進めた。




