新聞部
それからの中学生活は、絵里にとっては夢見心地であった。彼女は新聞部に入部し、宏太と結託したのだ。宏太が事件を調査し、絵里が生徒たちを扇動する。具体的な復讐の手口がなくとも、この二人の書く学級新聞は様々な生徒に影響を与えた。
「この調子でもっとたくさんのいじめっ子を吊るし上げてやろうよ!」
絵里は言った。なお、宏太はこの当時から正義には無関心だった。しかし人間観察を好む彼は、彼女の提案を呑む。
「そうだね。僕たちが力を合わせれば、より面白いものが見れそうだ」
「え、宏太は……正義の味方じゃないの?」
「道徳的アライメントテストで言えば、僕は真なる中立かな。中国の哲学に、何事にも偏らないことを人徳とする考えがあるんだ。これを中庸と呼ぶんだよ」
宏太は、儒教の考えを重んじていた。その事実は、彼が善悪や正義、非正義などを一歩引いた目で見ている理由の全てを説明している。
「偏らないのが人徳? よくわかんない! 正義に寄るのは正しいことじゃないの?」
そう訊ねた絵里は、怪訝な顔をしていた。その傍ら、宏太は依然として無機質な表情をしている。彼は己の人生哲学を、淡々と述べていく。
「この世に正義があるとすれば、偏らないことが正義だ。弱者に寄り過ぎれば強者が搾取され、強者に寄り過ぎれば弱者が搾取される。そこで折り合いをつけることができる立場こそ、中庸というわけだ」
傍目に見て、その考えは理に適っているだろう。少なくとも、中学生としては異様に達観していると言えるレベルだ。
一方で、絵里は少しばかり幼い価値観を持っている。
「なるほどね。宏太はあーしにも、中庸で在って欲しいと思う?」
「思わない。君は君のままで良い。価値基準に多様性がなければ、イノベーションや改革に繋がらない。個々がそれぞれ異なる考えを持つからこそ、人類という共同体は成り立っているんだ」
「うーん……難しいことはよくわかんない! でも、あーしがあーしのままで良いんだったら、あーしは正義を信じる!」
その正義には、理屈も裏付けもない。彼女が何かを信じる時、それは概ね直感に基づいているのだ。
宏太は話を続ける。
「絵里。僕は、もっと君のことを知りたい」
「えっ! そ、それって……」
「いや、変な意味じゃないよ。多種多様な価値観や視点を知ることは、知見を豊かにするんだ。ただ、それだけのことだよ。どこが中庸かを理解するには、全体を見据える必要があるからね」
そう語った彼は、知的好奇心に満ちた笑みを浮かべていた。
二人の青春は、中学卒業まで続いた。
「現場の側に捨てられていたゴム手袋は、Sサイズだった。怪しいのは、今拳が鬱血しかかっている君だ。」
「あの時、彼は図書室にいた。もちろん、僕は図書室の入退室記録も確認した。あの場で犯行に及べたのは、君だけなんだよ」
「犯人が単独犯であれば、嘘をついているのは一人だけだ。容疑者たちの証言を照らし合わせていけば、必然的に君が犯人となる」
宏太の活躍の数々は、数多のいじめを暴いていった。無論、校内の「正義」に貢献したのは彼だけではない。
「アイツ、またカツアゲしたんだって! これで何回目? コイツ、絶対更生しないよ!」
「深雪、泣いてたよ! 女の子を泣かせるなんて、本っ当に最低だと思わない?」
「ことなかれ主義の大人たちの尻拭いで、あーしたちは苦しんでるの! だから、多少の強硬手段は仕方ないよね!」
絵里の発言の一つ一つもまた、生徒たちを焚きつけるには十分に洗練されていた。最もたちが悪いのは、彼女がそのカリスマを自覚していないことだった。繰り返される告発や学級新聞に踊らされ、生徒たちの価値基準は徐々に過激になっていく。彼らは皆、絵里を強く支持するようになる。
それが、宏太と絵里の中学時代だった。




