出会い
数年前、絵里は中学にて、いじめに遭っていた。殴る蹴るの暴行は当たり前で、彼女の弁当はよくトイレに廃棄されていた。
「お母さんが、あーしのために作ってくれたのに……」
そう零した彼女は、目に涙を浮かべていた。その体は、度重なる暴行により酷く傷ついている。
絵里が教室の前で聞き耳を立てれば、大抵は彼女自身に向けられた陰口が聞こえてくる。
「絵里ってさぁ、自分のこと可愛いと思ってんのかな? 『可愛い』の価値基準が昭和生まれのおっさんみたいっていうかさ、何かズレてるんだよね」
「アイツさ、喋り方もいちいち区切りがちでキモいよね。あーしさ、やっぱり、いじめって許せないと思うんだ――みたいな?」
「きゃはは! 似てる似てる! 自分がウザがられるような言動をしているのに、あれでよく被害者ヅラできるよねぇ」
「あれじゃない? アスペルガー症候群ってやつ」
「あぁ、納得納得! あの子、絶対何かの病気だよ!」
そんな心無い言葉の数々に、絵里は心を痛めた。精神衛生上、彼らの話を盗み聞きするのは百害あって一利なしだ。さりとて、彼女はどうしても気になってしまうのだ。それが陰口を言われている人間の心理である。
ある日、彼女をいじめているグループの輪に、新聞部部長の宏太が割り込んできた。
「アイツは確かに不快な女だよ。将来、夜職とかして、SNSで永遠に客の愚痴を書くような大人になりそうだと思う」
思わぬ味方の登場に、生徒たちは歓喜する。
「ちょ、宏太。言いすぎだって! あははは!」
「顔だけは良いもんな。節操のない男どもにヤリ捨てにされ続けて、その怒りを弱者男性に向けそうな雰囲気がある」
「わかるわぁ。弱者男性を攻撃しながらも、アイツはずっと被害者ヅラするんだろうなぁ」
いずれも、根拠のない憶測だ。しかし宏太は、彼らの話に乗る。
「絵里って多分、普通校に居て良い人間じゃないよ。話し方も、歩き方も、全部変じゃないか」
散々な言い草だ。されど、彼に悪意はない。むしろ、この陰口に参加したことは、彼の作戦の一つである。
のちに、宏太は通話アプリのグループチャットに招待された。そこに送信されているメッセージの多くは、絵里を揶揄する内容だった。ある日の晩、宏太はスマートフォンでスクリーンショットを撮り、それらをクラウドにアップロードした。それから彼はノートパソコンを開き、スクリーンショットを保存する。次に彼が開いたのはワープロだ。新聞部部長である彼は、学級新聞でグループチャットの内容を公開する算段らしい。
そう――彼が絵里の陰口に参加したのは、いじめの加害者たちに接近するためだったのだ。
宏太は淡々と新聞の内容を書き終えたのち、それを印刷する。その所作には、一切の迷いがなかった。
翌朝の校内掲示板には、例の学級新聞が張り出された。生徒たちが義憤に駆られる中、宏太は絵里に謝罪する。
「酷いことを言ってすまなかった。彼らのグループチャットに潜入するには、君の敵を演じるしかなかったんだ」
「ううん。むしろ、取り上げてくれてありがとう。助かったよ」
「礼は要らないよ。僕はただ、人間観察が好きなだけだからね。彼らのリスクヘッジがどれほど拙いものか――それを知れただけでも、僕は嬉しいよ」
すでにこの頃から、彼の人間観察癖は筋金入りだった。そこには、一切の正義感が介在していなかった。
同級生たちが憤る中、絵里は声を張り上げる。
「アイツら、あーしをいじめていただけじゃなくて、グループチャットでこそこそ陰湿なことをしてたんだよ!」
「許せないよね!」
「次は、あんたたちが標的にされる可能性だってあるんだよ!」
彼女の言葉の数々が、クラスに火を点けていく。その扇動は三十分にも及び、彼女をいじめていた集団はいじめの対象へと反転したのだった。




