スライドパズル
ある日の昼休み、今度は絵里が呼び出された。その日は小雨が降っており、彼女は傘を手にしている。息を切らしながら階段を駆け上る様は、さながら必死であった。
屋上で絵里を待ち受けていたのは南岬原高の女王――蒼木由依である。
「絵里――君に聞きたいことがあるんだ」
話を切り出したのは、由依だ。元より、絵里は彼女のことを強く警戒している。当然、この瞬間にも絵里は緊張していた。されど眼前の女王は、南岬原高における諸悪の根源である。つまりここでは、緊張感よりも嫌悪が優っている。
「……何? あんたと話したいことなんて、何も無いんだけど。師走が学校に来なくなったの、あんたのせいなんでしょ?」
そう聞き返した絵里の声色は、静かな怒りを帯びていた。由依は薄ら笑いを浮かべつつ、会話の主導権を握る。
「そう怖い顔をしないでよ。私が聞きたいのは、君がなんのために復讐代行部に所属しているのか……ただそれだけだよ」
「あーし、世の中は綺麗事だけじゃ回らないと思ってる。あーしの知る世界には、神様も超自然的な因果も無い。だから誰かが罰を与えないと止められないことがあるの!」
「ふぅん。つまり君は、復讐代行でいじめを無くせると思っているわけだ」
その微笑みは、含みのあるものだった。一方で、絵里は自らの行いがいじめを減らせることを確信している。
「そうだよ。あーしたちがいる限り、悪は必ず裁かれるから」
この時、彼女の脳裏には、様々な記憶がよぎっていた。石川はパンツ一枚の姿で土下座を迫られ、相良は校内放送で悪事を暴かれ、尾木は自宅を荒らされ、そして衛宮は同性愛者の烙印を押された。その上、当の四人は今、少年院にいる。それらの事実は、復讐代行部が悪を裁いているという見解を裏付けるものであった。
その前提を踏まえてもなお、由依は余裕綽々としている。
「絵里。……君はいじめを減らしたんじゃない。いじめのしわ寄せの行先を変えただけだ」
「その行先は……師走のこと?」
「もちろん! 君はいじめを無くす仕組みじゃなくて、より善良な人間に被害が集中する仕組みを作ったってわけ!」
気持ちよく講釈した彼女は、気分が高揚していた。その有り様すら憎らしく思う反面、絵里は何も言い返すことができない。
「そ、そんな……あーしは、皆を救えると思って……」
それが、彼女の紡げる精いっぱいの言葉だった。そんな彼女を更に追い詰めるかのごとく、由依は畳みかける。
「無理なんだよ。どんな仕組みのもとであっても、しわ寄せは必ず生じるんだよ! スライドパズルをどう組み替えても、必ず空きが生まれるようにね!」
やはりこの女は、殊更に言語化が上手い。絵里は握り拳を震わせ、か細い声で呟く。
「由依……あーしは、あんたを許さない。確かに師走は、あーしにとって邪魔な存在だったよ? それでも、あんな結末だけは受け入れられない」
元々師走の身を案じていた彼女からしてみれば、眼前の巨悪を許せないのは必然だ。そこで、由依は邪悪な提案をする。
「だったら君がしわ寄せを受け止めてみる? 自己犠牲の覚悟も無しに語る正義って、無難なだけの邦楽くらい薄っぺらいんだよ?」
事実、正義は言葉だけでは成り立たない。師走が壊れたのも、言葉だけでは成し得ない正義を体現しようとしたからだ。
絵里は覚悟を決める。
「いいよ。あんたが、あんたたちいじめっ子が、あーし一人を苦しめることで満足するなら、あーしは、あーしは……」
「あはっ……あはははは! それで君が壊れたところで、みんな次の標的を探すだけなのに! 音楽も、ゲームも、アニメも、いずれは廃れるのに、この世でいじめというエンタメが廃れたことは一度もないのに!」
「そっか。あんたにとっては、いじめはエンタメなんだね」
女王の邪悪さを再確認した彼女は、無言で屋上を後にした。




