ジャージ
翌日の体育の時間の直前に、潤也は席を立った。
「無い! 俺のジャージ、どこ行った!」
彼がこんなことを言い出した時点で、悪い予感しかしない――師走はそう感じていた。さりとて、それでこの状況を無視するわけにもいかないだろう。風紀委員長としての体裁がある以上、師走は場を仕切るしかない。
「各自、今すぐスクールバッグの中身を全て出すように!」
その一言を皮切りに、同級生たちは一斉にスクールバッグの中身を公開した。当然、彼らの中には、今回の標的である衛宮も含まれている。
衛宮がスクールバッグの中身を公開した瞬間、生徒たちは絶句しかけた。
「おい、嘘だろ……」
「なんだよこれ」
「お前、そんな趣味があったのか!」
デスクの天板に散らばったのは、潤也のジャージと何冊もの同人誌だった。更にその表紙はいずれも、ボーイズラブを題材にしたものであった。
「こいつホモかよ!」
「気持ちわりぃ! 絶対オレに近寄るなよ?」
「つーか、お前、潤也のことをそんな目で見てたのかよ」
「おいなんとか言えよホモ!」
「ホーモ! ホーモ! ホーモ!」
教室にこだましたのは、罵声の数々だった。生徒指導室では余裕綽々としていた衛宮も、この瞬間ばかりは取り乱してしまう。
「違う! オレはホモじゃない! その本もオレのじゃないし、ジャージも盗んでない!」
彼はそう主張したものの、「いじめの加害者が同性愛者である」というセンセーショナルな情報は、容赦なく生徒たちの認知を歪めていく。
「もうお前の前で着替えられねぇわ」
「ホモが学校に来るんじゃねぇよ!」
「そうだそうだ! 早く消えろ!」
この有り様では、衛宮は同性愛者のラベルを貼られたまま苦しむこととなるだろう。そこで立ち上がるのは、絵里である。
「皆、やめようよ! 誰がどんな性別の人間を愛しても、何も悪いことじゃないじゃん! 良いんだよ、衛宮。今まで、よく自分を偽って耐えてきたね」
結論から言えば、彼女は潤也から作戦を伝えられていない。ゆえに、彼女は本心から衛宮を庇ってしまい、逆に「衛宮が同性愛者であること」を強く裏付けてしまった。無論、これも潤也の計算通りである。
「キモいもんはキモいんだよ!」
「女性専用車両に男がいたらキモいのと同じだろ!」
「ホモがいたら安心できねぇよ!」
そんな心無い声が、何度も繰り返された。この場を収めることは、風紀委員長の責務である。
「キミたち、もう良いだろう! 早く、体育の準備をするぞ!」
師走の発言により、ようやくクラス静まり返った。
その日の放課後の空き教室にて、宏太は訊ねる。
「ジャージの盗難と、山ほどの同人誌――あれは君が仕組んだのかい?」
無論、彼はすでに察している。藤谷潤也という男を知り尽くしている彼からすれば、この質問も単なる事実確認でしかなかった。
潤也は得意気に語る。
「当然だよ。俺は昨日の帰り、漫研の腐女子どもからBL漫画を借りまくった。そして漫画と自分のジャージを、今日の昼休みのうちにアイツのスクールバッグに忍ばせておいたんだ」
相も変わらず、陰湿な手口である。これは常人なら不快感を覚えるような露悪だが、宏太は違う。
「相変わらずえげつないことをするね。君は実に興味深い観察対象だよ」
「ははは! お前もお前で、相変わらずだな! 宏太!」
「面白かったよ。君の手口も、性差別と正義を両立させる愚民も、それを庇いながらトドメを刺してしまう絵里も、全部ね。やっぱり、人間って色々いるものだね」
そのどこか俯瞰したようなスタンスも、筋金入りのものであった。その傍らでは、絵里がいつものように機嫌を損ねている。
「LGBTを攻撃のネタに使うのは、どう考えてもライン越えだと思うよ。あーし、あのやり方、嫌い」
そう零した彼女は、潤也に汚物を見るような目を向けていた。




