無反省
翌朝、宏太は師走に、例の録音データを手渡した。
「蒼木由依には気をつけろ。オレの犯行も、アイツの指示によるものだ」
大きな黒幕の存在を匂わせる一言は、彼らに強い警戒心を植え付けるものであった。
「しかし、あのいい子ちゃんに何が出来るのか……かぁ。やれやれ、ボクもだいぶナメられているみたいだね。まぁ、事実だから仕方ないか」
そう呟いた師走は、自嘲的な微笑みを浮かべるばかりであった。そんな彼を励ますのは、宏太だ。
「君は君のルールの中で最善を尽くしている。潤也や絵里はそれを甘いと言うかも知れないけど、僕は君を買うよ」
「ありがとう。色々、すまないな」
「構わないよ。一応、録音データは復讐代行部の中でも共有済みだ。復讐代行を実行するかどうかは、萩田次第だけどね」
いつでも動けるよう、あらかじめ対策を講じる――あまりにも宏太らしく、用意周到であった。
「では、ボクは先生と話をつけて、衛宮を生徒指導室に呼び出すようにしておくよ」
そう告げた師走は、昇降口を後にした。
その後、生徒指導室では衛宮が呼び出されていた。
「はいはい、金返せば良いんでしょ?」
まるで反省の色がない。やはり人間は、そう簡単には改心できないのだろう。
「衛宮。君は窃盗罪を犯したんだ。これは民事案件などではない。外部に知れたら、普通に処分の下るような行いなんだぞ」
「反省してまーす」
「全く、君たちはいつもそうだ。復讐代行部の影は恐れるわりに、国家権力を甘く見ている節がある」
「いやいや、皆やってることですよ」
「皆がやっていたとしても、これは大きな問題だ」
担任教師は必死に説得を試みたが、衛宮はまるで動じなかった。皮肉にも、校内唯一の抑止力は私刑だけであった。
その日の昼休み、宏太は萩田を空き教室に連行した。当然ながら萩田は復讐代行を依頼することに消極的である。
「宏太。おれ、もう嫌なんだ。おれのせいで他人の人生が狂うのは、とても見ていられない」
それはあまりにも切実な想いだった。さりとて、衛宮は全く反省していない。少なくとも宏太たちは、あの男には報復が必要だと考えている。
絵里は言う。
「やり返さないと、足元を見られるよ」
無論、そんなことは萩田自身も痛感している。このまま何のアクションも起こさなければ、同じことが繰り返されるだけだろう。それでも萩田はこう語る。
「それはわかってる。それでも、おれは間違えたくない。道を踏み違えたくない。一度復讐に味を占めたら、戻れなくなる気がするんだ」
復讐に取り憑かれることは、醜い――それはごく普遍的な美学だ。ましてや復讐代行部が過激な手段を好むとあっては、尚更のことである。一方で、復讐を正当だと考える者もいる。
「他の生徒だけが復讐代行を使えば、あんただけが恰好の餌食になるんだよ?」
絵里はそう告げた。この時、萩田の脳内では、南岬原高での日々が反芻されていた。デスクの天板に書き殴られた罵詈雑言、そして金銭的な実害――それらはあくまでも過去のことであり、対策を講じない限りはこれからも続く出来事だ。
数分ほど考え込んだのち、萩田は口を開く。
「復讐代行、お願いしても良いかな」
結局のところ、彼もまた人間だ。その上、彼はまだ年端もいかない少年なのだ。そんな彼の眼前で、潤也はにやりと笑う。
「任せておけ、とっておきのスーパープレイを見せてやるよ」
すでに作戦を考えてあったのか、その顔つきは高揚感を滲ませていた。されど、萩田にはまだ良心がある。
「その、今回の復讐なんだけど……もっと穏便というか、マイルドなやり方にできないかな?」
「えー、なんだそれ、つまらねぇな。まぁ、依頼人のお前がそう言うなら、穏便に済む手段を選んでやるよ」
「あ、ああ。ありがとう」
こうしてまた一件、復讐代行の依頼が受理された。




