忠告
その日の放課後、宏太は校舎裏に衛宮を呼び寄せた。用件が財布の件であることは、もはや言うまでもないだろう。
「衛宮――君が、萩田の金を盗んだんだね」
そう切り出した宏太は、氷のような眼差しをしていた。無論、これはあくまでも結論に過ぎない。眼前の少年が犯人であることを断定するには、証拠の提示が要される。
「どうしてそう言い切れる?」
衛宮は訊ねた。その声色は余裕を保っていたものの、彼は内心焦りを覚えていた。何故なら、今彼が対峙している相手は、復讐代行部随一の調査力を誇る男だからだ。
さっそく、宏太は犯人特定に至った経緯を説明し始める。
「ごみ収集庫を調べたら、財布のあった袋の中には、ハンドペーパーもたくさん捨てられていた。だからトイレの前のごみ箱に財布が捨てられたと見て良い」
当然、それだけで納得できる衛宮ではない。
「だけど、それだけじゃ犯行時刻まではわからないだろ」
それが彼の言い分だ。少なからず、筋の通った言葉ではあるだろう。されど、宏太が昼休みに調べたのは、ごみ収集庫だけではない。化粧室も調べ、木下のことも頼った彼は、畳み掛けるように追撃する。
「だからごみ箱に捨てられているプリントを確認したんだ。犯行時刻はおおよそ午前十一時過ぎ。その時間帯にトイレを掃除していた清掃員の名前を、以前の署名用紙のコピーと照らし合わせて、木下先生に筆跡鑑定を頼んだんだ。その文字は、案の定清掃員のものではなく、君のものだった」
ここまで証拠が徹底している以上、衛宮は袋の鼠だ。しかしどういうわけか、彼は依然として余裕綽々としている。
「はっ! お手上げだよ、名探偵。それで、オレをどうするつもりなんだ? 今の校風では、復讐代行部を頼る奴なんかいないんだぞ」
「そうかも知れないね」
「特に萩田は、石川が孤立したことに負い目を感じている! アイツはもう二度と、復讐代行なんか頼まないだろうよ! だから萩田を標的にしたんだ!」
衛宮とて、愚か者ではない。彼は始めから、復讐代行部を敵に回さないための保険をかけていたのだ。して、萩田であれば二度と潤也や絵里を頼らない――その考えは、一定の説得力を帯びている。このままでは、彼はただ、悪事を暴かれただけで済んでしまうだろう。
宏太は告げる。
「……今の会話は録音してある。僕はただ、これを師走に渡すだけだよ」
それはまさしく、復讐代行部と風紀委員――相容れぬ二つの勢力が共闘した瞬間である。言い換えるならば、これは呉越同舟だ。もっとも、師走が誰からも恐れられていないことは、周知の事実だ。衛宮もまた、あの風紀委員長の足元を見ている。
「へぇ。けど、あのいい子ちゃんに何が出来るのかな?」
これは紛れのない挑発だ。事実として、宏太本人すら師走のことは宛にしていない。されど根本的な話として、宏太は復讐代行を一番の目的に据えているわけでもない。
「僕としても興味深いね。復讐代行で保たれていた秩序を、果たしてアイツが別の形で取り戻せるのか」
結局のところ、人間観察さえできればそれでいい――というのが彼の価値基準であった。そこには、萩田に対する温情など微塵もない。復讐代行による人間観察ができなくとも、師走の奮闘する姿さえ観察できれば彼の欲求は満たされるのだ。
最後に、衛宮は一つ警告する。
「そうだ、一つだけアンタに忠告してやるよ」
「忠告……?」
「蒼木由依には気をつけろ。オレの犯行も、アイツの指示によるものだ」
蒼木由依。またしても、その名が挙がった。校内で恐れられているのは復讐代行部だけではない。あの女もまた、数多の生徒の抱える畏怖の対象なのだ。
――宏太たちが最大の抑止力であれば、あの女は最大の諸悪の根源と言えるだろう。




