第9話 美里の献身
オレの講義に最も大きな反応を示したのは、一番前に座って、モニターを見ていた美里さんだった。
この人のことだから、営業部では生成AIが使用不可になっているから、一切AIを触っていなかったのかもしれないな。
「AIを使う上で、大事なことが二つあります。一つはAIが間違えるってことです。というか、嘘をつくんですけどね」
首をかしげる人もいれば、嘘だろとか言っている人もいる。
美里さんがピンと手を挙げたので、「どうぞ」と質問を受ける。
「それだと、AIに何か聞いてもしょうがないんじゃないですか?」
「とてもいい質問です」
なんか嬉しそうにドヤ顔している。
「AIは何でも知っているわけじゃないんですけど。使っている人の要望に応えようとして、様々な情報を繋ぎ合わせて答えを作っちゃうんです。それで、結果的に嘘になってしまう――」
「へー、頑張ってるんだ」
美里さんのつぶやきが聞こえてきて、笑いそうになってしまった。
「オレの感覚では、ちょっと賢い中学生が背伸びして、知ったかぶって答えてくれているって感じです」
「直人君は中学生をこき使っているんだ」
「今日から後輩と思うことにします」
会場から笑いが漏れる。
「このAIが嘘をつく現象をハルシネーションと言います。実は、これを回避する方法があります。なんだと思いますか?」
元気よく美里さんが手を挙げるが、美里さんとの講義はまた今度だ。
受付にいた女性と目が合ったので、彼女に聞いてみる。
「はじめにAIにお願いしておくんですけど、なんてお願いするといいと思います?」
「え? 嘘をつかないで、とか?」
「そのとおりです。分からないことは分からないと言って、嘘をつかないようにお願いします。言い方は色々あるので、自分なりにお願いしてみてください」
いつの間にか由美子専務は席の後ろの方へ移動しており、スマートフォンをこちらへ向けていた。どうやら動画を撮影しているようだ。
「ほかにも根拠を出させたり、何に記載されているかを確認するのもよいですね。でも、100%嘘をなくすことはできないんです。だから、人は必ずAIの答えを確認する必要があるんです」
受講者の顔を見まわすと、腑に落ちない顔をしている人が多い。
後ろの方に座っていた、オレより少しばかり年上に見える男性が立ち上がった。
「将来的にAIが人間の仕事を奪うって言われているのに、それじゃあAIなんかに任せられないじゃないですか」
「任せられないですね。人はいつまでも必要ですよ。AIが人と代われるのは作業の部分です。それって本当はAI技術を使ったロボットで、生成AI……あなたたちが認識しているAIとは少し違うものです」
受講者全員がよくわからないって顔をする。
「どんな仕事でも、完全に人が不要になることはないです。今日はここまでにしますか、由美子専務」
「そうですね。有意義な時間だったわ、柳瀬君。ありがとう。皆は仕事に戻ってください」
社員たちが出ていくのを待って、オレは由美子専務へ声をかけた。
「それでは、本題の方を始めますか」
「待って、柳瀬君。『今日は』ってことは、次もあるってこと? ちがうわね、次もお願いしていいの?」
「それは言葉のあやというか……。美里先輩、これって誰に相談すればいいんですか?」
「私から課長に聞いてみるね。お仕事にするか、営業にするか微妙な感じだし」
「だそうです。専務、すいません」
「そうよね。山崎さん、方針が決まったら教えてくれる?」
「承りました」
「ちょっと待ってね」と言って、由美子専務は一度部屋を出て、お盆にコーヒーを乗せて戻ってきた。
「少し休憩してからにしましょう」
オレは美里さんの横に座り、向かい側に由美子専務が座った。
「柳瀬君は、どこかでAIのセミナーとかしているわけじゃないわよね」
「はい? オレはただの企画部の平社員ですけど」
「柳瀬君、お給料はいくらほしいかしら」
「由美子専務、ストップ! だめですから、あげませんから」
美里さんが立ち上がり、オレを隠すように手を広げる。
「由美子専務、その話を広げるなら、セミナーの件はなしということで」
「わかったわ。しばらくは我慢するわ」
「しばらくって……」
そう言いながら、美里さんが座り直し、何とも言えない雰囲気が流れる。
オレはコーヒーを飲みながら、ノートパソコンを操作して画像ファイルを開く。
画面に現れたのは包装紙に包まれた箱のようなもの。藤沢製菓の商品の一つだ。
由美子専務がモニターを見ているのを確認して、プロンプトを打ち込む。
『この商品の評価をして』
画像ファイルをドラッグアンドドロップでプロンプトウインドウへ投げ込み、エンターキーを打つ。
包装紙のデザインを言語化した説明の後に、当り障りのない評価とアドバイスが表示される。
オレは続けてプロンプトを打ち込む。
『消費者の立場に立って、このデザインの問題点を出来るだけ挙げて。具体的な改善方法があれば提案も合わせて表示して』
誰もが思うだろう意見から、ぱっと見では気づかない問題点までが羅列され、一つ一つに改善案が書かれていた。
もっとも、使えない案のほうが多かったが。
「役割、目的、情報、出力方法。これをワンセットで指示するのが基本です。これで、返ってきた答えを人が評価します。間違いを正し、成果の精度を高めるために、追加の指示をします。必要であれば、情報を追加します」
コーヒーを飲み干して、由美子専務を見る。
「オレがやっているのはこれの応用です。今日はこれで失礼します」
ノートパソコンを閉じ、リュックに入れる。
「美里先輩、帰りましょうか」
美里さんを促し、オレは藤沢製菓を後にした。




