第10話 デートの約束
「待ってよ、直人君」
藤沢製菓を出たところで、後ろからの声に足を止める。
「なんか怒ってる?」
「怒ってはいないです。ただ、あんな風にグイグイ来られるの苦手で……」
苦笑いをして、振り向く。
「そっか……。気を付けるね」
「美里さんのことじゃないですよ?」
「へ? わかってるよ」
オレたちは駅へ向かって歩き出した。
時刻は午後4時を過ぎたくらいで、まだ日は高い。
風があるので、蒸し暑さはそれほど気にならなかった。
「美里さん、明日の待ち合わせ。美里さんのところの駅でいいですか?」
「待ち合わせって? 何か約束していた?」
「え? デートするんじゃ――」
美里さんが止まったので、オレも慌てて止まり、後ろを向いた。
「私まだデートに誘われてないんだけど……」
口をとがらせて、上目遣いで睨まれた。
「はっ! すいません」
綾乃さんに言われた責任って言葉で、頭がいっぱいで。デートすることが決定していると思い込んでいた。
頭をあげて、美里さんと目を合わせる。
「あの、明日の予定って何かありますか? よければ、オレとデートしてもらえないでしょうか?」
とがらせていた口を笑顔に変えて、美里さんが答えてくれる。
「誰かがデートに誘ってくれるんじゃないかと思って、空けておいたよ。デートしてあげる」
「……ほんとに、すいません」
いたたまれなくなって、もう一度、深々と頭を下げた。
「ちゃんと誘ってくれたから許す。ありがとう」
頭の上から、笑いを含んだ優しい声が掛けられ、姿勢を戻した。
「歩きながらでいいですか?」
美里さんが頷いたので、駅へ足を向け、ゆっくりと歩きだす。
「改めて、明日の待ち合わせは美里さんのところの駅で9時半にしたいんですけど。いいですか?」
「うん、大丈夫」
弾むような声が隣から返ってくる。
「それで、動きやすい服装で来てもらえないでしょうか」
「動きやすいっていうと……ジャージとか?」
そうだった、このひとバリバリの体育女子だった。
動きやすいって言ったら、そうなるよな。
「そこまでじゃなくていいです。スカートとかじゃなければ。なんて言うかわからないんですけど裾が広がっているズボンみたいなのもNGで」
「何をするのかな?」
「――明日のお楽しみってことで」
一瞬、言ってしまいそうになって、口を閉じて言い直した。
「ふーん」
話しているとモダンレトロな喫茶店が見えてきた。
「美里さん、ちょっと寄ってもいいですか?」
喫茶店を指さすと、頷いてくれたので喫茶店のドアを開ける。
ぱっと見、オレたち以外に客はいないようだった。
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
カウンターから男性の静かな声が聞こえた。
窓際の席に座ると、マスターが笑顔で注文を取りに来る。
「ご注文はお決まりですか?」
「オレはホットで、美里さんは何にします」
「私もブレンドでお願いします」
「承りました」
立ち去ろうとするマスターに慌てて声をかける。
「すいません! あの、店内と外観の写真を撮らせてもらってもいいでしょうか」
マスターが振り向き、オレの目をのぞき込む。
「オレ、パッケージの企画とかデザインとかやっていて」
リュックを開け、名刺入れを探す。
「ここの雰囲気とかを参考にできないかと思いまして」
やっと見つけた名刺入れから、名刺を一枚取り出してマスターへ渡す。
マスターは名刺を見て、少し考えてから口を開いた。
「取材でなければ問題ありませんよ。今はお客様もいないので、ご自由に撮影してください」
「本当ですか? ありがとうございます」
リュックから小型のミラーレス一眼を取り出し、立ち上がった。
「お客様、お店は逃げませんよ。ゆっくりとコーヒーを楽しんでから撮影されてはいかがでしょう」
「そ、そうですね」
座り直すと、前に座る美里さんが口を押えて笑っていた。
「直人君にも、そういうところあるんだね。いつも冷静で、落ち着いていると思っていたよ」
「……オレ、そんな風に見えてるんですか?」
「見えてるね」
しばらくすると、コーヒーのよい香りがして、カップが置かれた。
「ごゆっくり」
マスターは一言添えて、カウンターへ戻って行った。
店内を流れる音楽はいつの間にか、クラシックからジャズに変わっていた。
「直人君、何か手伝おうか?」
「美里さんは座っていてください。というか、写っても問題ないですか?」
「その写真って、どこかに出すの? SNSとか」
「オレ、SNSとかやってないんで。AIに資料として渡すことはありますけど、顔は隠します」
今日のコーヒーは三杯目か。飲みすぎだな。
外を見ると、やんでいた雨がまたしとしとと降り始めていた。
空になったカップを置き、カメラを持って立ち上がる。
座っていたテーブルとコーヒー、美里さんをフレームに収めてシャッターを切る。
「直人君、写真を撮るときは言ってよね」
「言ったら構えたり、ポーズをとったりするでしょ。雰囲気を取りたいんで、すいません」
「もう」
部屋の中をあちこちカメラに収めていると、いつの間にか美里さんはテーブルに突っ伏して寝息を立てていた。
最後に一度だけシャッターを切った。




