第11話 ホームランは出なかった
土曜日もパッとしない天気で、雨は落ちてこないものの雲が空を覆いつくしていた。
少し蒸し暑く、額にジワリと汗がにじむ。
黒のワークパンツに白のボタンダウンを合わせ、濃いグレーのパーカーをリュックへ入れた。
時間を持て余してしまい、一駅先の待ち合わせ先まで歩くことにした。
朝方まで雨が降っていたのか、路面はしっとりと濡れていて、ところどころに水たまりを見つける。
長いビニール傘を持つか、折りたたみ傘を持つか悩んだ挙句、今日は折りたたみ傘をリュックへ入れてきた。
思った以上に早く歩いていたのか、駅に着くと待ち合わせ時間の20分前だった。
駅の入り口からあたりを見回したが、美里さんらしき姿は見当たらなかった。
雨がぽつりと顔に当たったので、駅の中に入り改札近くのベンチに座ると、改札の方から声が聞こえた。
「直人君、なんで改札の外にいるの?」
改札を挟んで向こう側に美里さんがいた。
「駅で待ち合わせって、入口で待ちません?」
「そうだけど……ちょっと早く着いたから、ホームで待ってたんだよ。次の電車まで時間があるから、一度降りてきたらいるんだもの。びっくりだよ」
「ちょっと早くって。美里さん、いつから待ってました?」
「……ちょっと前から?」
オレは改札を抜けて、美里さんへ近寄った。
「こんなことなら、電車でくればよかった」
「どうやってきたの?」
「歩いてきました。その、時間を持て余してしまって……」
「なんだ、一緒じゃない」
階段上のホームへ歩き出すと、美里さんが並んでついてくる。
美里さんはスキニージーンズにネイビーのプルオーバーパーカーを着ていて、足元は白いスニーカーを履いていた。
「スポーティーな格好すると、高校生みたいですね」
「それは褒められているのかな? なんか微妙なんだけど」
「えっ、あ。とっても……」
「とっても?」
「年上の女性にかわいいって、褒め言葉になります?」
「なります」
「とっても、かわいいです」
言ったとたん、顔が熱くなって、汗が吹きだした。
汗をふきふき電車を待っていると、見上げていた雲がさけ、太陽が姿を現す。
「このまま晴れないですよね」
「天気予報は傘マークがついていたし、期待できないかな」
「仕方ないので、今日はプランBで行きます」
「プランBだね! で、どこいくの?」
電車の到着を告げるメロディーが鳴ったので、すこし声を大きくして答える。
「ボウリング!」
「了解!」
目の前に停まった電車のドアが開いて、二人で並んで乗り込んだ。
♢♢
「ねぇ、直人君。先にあれやっちゃダメかな」
有名な屋内型複合レジャー施設の入口を抜けるとすぐに美里さんが案内板みたいなものを指さしていた。
ボウリングの受付をしようとしていたので、指を止めて彼女の指した方を見た。
彼女の指先をたどるとバッティングの文字とともにバットが描かれている。
「テニスとか卓球もあるし、開いているところからやりますか?」
「ふふん! 負けないからね!」
何やら、体育会系のスイッチが入ってしまったらしい。
バッティングのあるフロアにつくと、ヘルメットをかぶった美里さんは左打席に立った。
「美里さん、右利きですよね? テニスラケットも右手に持っていませんでした?」
「んー。バッティングは左の方が打ちやすいのよね。なんかバックスイングと似ていて」
美里さんは100km/hで飛んできた1球目のボールをバントスタイルでバットに当てると、頷いて、いい具合に力の抜けた構えをとる。
2球目が腰より少し高めに飛んでくると、きれいに腰がひねられ、少し遅れてバットが体の前に出る。
やや下から上への軌道で振られたバットはボールの中央からわずかに下をとらえ、ボールが矢のように飛んでいく。
「ナイスバッチ! って美里さんテニス部ですよね?」
「バッセンはお父さんが好きで、よく連れていかれたんだよ」
「お父さんは野球をやる人なんですね」
しゃべりながらも、美里さんは3球目を芯でとらえてはじき返す。
「しないよ、野球。スポーツ全般、しない。バッセンだけ好きみたい」
惜しくもホームランは出なかったが、ほぼ全球をミートした美里さんがドヤ顔でゲージから出てきた。
「つぎ、直人君ね」
「勝てる気がしないんですけど」
オレは1球目を豪快に空振りした後はコンパクトなスイングでボールに当てることだけに集中した。
結果、10球中7球は前に飛ばすことができた。
「さて、次は何にしようか?」
「え? 美里さん、勝負は?」
「お互いにホームランなしだからイーブン」
美里さんはくるくると首を回しながら、次のアトラクションを探す。
「テニスは私に有利すぎるし……卓球にする?」
「オレ、手にもって何かするのは――」
「卓球に決定! ささ、行くよ!」
美里さんに手首をつかまれ、卓球台のあるフロアへ移動する。
「3種目先に勝った方が、お昼ご飯をおごってもらうでいいよね?」
「お昼ご飯はオレがごちそうするので、ジュースかアイスにしませんか?」
「どうして?」
「デートなんで、カッコつけさせてください」
美里さんは目をまん丸に見開いて「そうだった」と小さくつぶやいた。




