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彼は今日も壁打ちをくりかえす  作者: 津山直太


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第6話 砂の中の砂金

 面倒なことは早く済ませるに限る。


 まずは、由美子専務のスケジュールから空き時間を洗い出すことにした。


 AIに指示を出して整理してもらった結果、休日しか枠が空いていないようだった。


 ちょっと待てよ。いくら何でも働きすぎだろ、あの専務。


 スケジュールをよくよく見ると、単なる在社時間までカレンダーに書き込まれている。

 しかも、プライベートな予定まで全部こちらに共有されていた。


 さすがに条件を「在社かつ面会可能」に変更して再度確認すると、金曜日の午後なら自社にいるらしい。


 美里さんのスケジュールも確認すると、そちらも空いていた。


 由美子専務へはメールで、美里さんへはメッセージツールで打診すると、両者からすぐに「問題ない」と返信が来た。


 これで、面倒事が一つ片付く。


 松岡課長から依頼された「営業AIモデルケース化」の件は、美里さんと打ち合わせる前にたたき台を作る必要があるだろう。


 このあたりは、まずオレ自身の思考を整理した上でAIに投げてみよう。


 プロンプトの構成は後で考えるとして、AIに与えるペルソナ(役割)は「情報管理部の部長」あたりに設定しておくのが良さそうだ。


 さて、次は……。


 本業の方のタスクスケジュールを確認していると、後ろから微かな人の気配がして、思わず振り返った。


 そこには、いつも通り冴えない雰囲気をまとった高見係長が立っていた。


「どうしたんですか? 何かありました?」


「いや……昨日は、悪かった。お前のやっていることをどうこう言いたかったわけじゃないんだ」


 ぼそぼそと、申し訳なさそうに話してくる。


「はぁ。別に気にしていませんけど」


「AIとかセキュリティリテラシーとか、俺にはどうにも理解できなくてな……」


「理解していないのは、係長だけじゃないと思いますよ。というか、周りの人も大半は理解していないか、理解しようとしていないだけですしね」


 淡々と事実を告げると、係長は不思議そうな顔をした。


「でも昨日、皆、俺のことを笑っていただろ。理解しようとしない、というのは、耳が痛いがその通りだな」


「笑っていたのは別の……。係長は使ってみようとしただけでも、ただ流されている他の人たちよりはマシだと思いますけどね」


「……他の奴らだって、仕事で使っているのだろ?」


「検索まがいの使い方をAI利用と呼ぶなら、そうですね。でも、係長は自分の手で資料を作ろうとして、それで不具合というか、情報流出への危機感を覚えたんですよね? だったら、その感覚はむしろ間違っていないと思いますよ」


「その危機感を、定例会議で否定されたんだが」


「それは知識や使い方の認識の問題です。セキュリティなんて、使う個人の意識が伴わないと、どんな最新システムを入れても絶対に穴が開く。フィルタリングや制限なんて、人間のミスを少なくするための道具でしかないですから。危機感自体は、持っておいた方がいいですよ」


「……やっぱり、危険なものなのか?」


 係長は少しだけ険しい目をした。


「これは、あくまで個人的な意見ですけどね」


 オレはモニターから係長の方へ向き直し、話を続ける。


「AIには、世界中から集められた天文学的な量の情報が存在しています。では、そこから悪意ある他人が、うちの会社の特定情報だけを狙って選別し、取り出すことができると思いますか? 仮に取り出せたとして、それが本物の機密だと他人が判断できると思います?」


「……どういうことだ?」


「AIを使って企業の特定機密を探し出すのは、砂漠の砂すべての中から、一粒の砂金を探し出すようなものです。もし見つけたと思っても、大抵はただの黄土色の小石。奇跡的に一粒の金を見つけたとしても、それだけじゃアクセサリーも作れないし、売ることもできない役立たずです」


 係長の表情を伺いながら、オレは続けた。


「怖いのは、その砂金が勝手に集まって流出することじゃありません。使っている人間が、機密となる情報をそのままAIに手渡してしまうことですよ。だから、システムより人間の意識の方が重要なんです」


「……なるほど。なんとなく、わかった気がする」


 係長は話を続けたそうだったが、オレのデスクの電話が鋭く鳴り響いた。


 そこで会話は途切れ、オレが受話器を取って対応を始めると、係長は静かに自分の席へと戻っていった。


 昼休みになり、消灯されたオフィスでコンビニの弁当を突きながら、オレは現在抱えている最大の問題について考えていた。


 PCを開き、AIの入力欄を立ち上げる。


『デートプラン 初めてのデート』


 ……いや、違うな。


 バックスペースキーを連打して、文字をすべて消去する。


 美里さんとの初めてのデートプランを、AIに相談して決めるというのは、どうしても気が引けた。


 最終的に決定するのがオレである以上、それは「オレが決めたプラン」になるのだろうけれど。


 それでも、何か違う気がする。


 初めてのデートくらいは、オレの頭で考えた方がいいよな。AIに相談したら黒歴史になりそうだ。


 えーっと。


 ……何も思い浮かばない。


 どうすればいいんだ?


 誰かに相談するにしても、こんなこと、一体誰に相談すればいい。


 頭を抱えているうちに天井の照明がパッと点灯し、昼休みの終わりを告げた。


 午後からは、由美子専務の会社である「藤沢製菓」の依頼に着手する。

 仕様変更自体は見直し中だが、納期が変わるわけではないので、今できることから進める。


 今回の依頼内容は、新商品のパッケージデザインの見直し。


 藤沢製菓の既存パッケージは、あらかじめソースとしてデータベースへ投げ込んである。


 これをベースに、RAG(検索拡張生成)を使ってデザインの方向性を模索するため、参考サンプルとなる他社のパッケージデザインも追加でソースとして読み込ませる予定だ。


 そのための情報収集として、Web上で他社の商品のデザインをリストアップしていく。


 しかし、デザインの細部や質感は画面越しではわからないことも多い。

 めぼしいものは、実際に現物をいくつか入手して確認する必要があるだろう。


 今回は、洋菓子と和菓子がメインだ。

 現物を調達したら、パッケージの開封のしやすさや質感を細かく確認する必要があるな。


「洋菓子と和菓子。他社ヒット商品の現物サンプル調達。それと、パッケージの捨てやすさ……」


 デスクトップのメモ帳に、思いついたままタイピングしていく。


 体裁も、文脈の繋がりも考えない。雑多な単語を打ち、時にはスクリーンショットを貼り付け、ぐちゃぐちゃなブレインストーミングのメモを作っていく。


 タイピングするオレの手が、ふと止まった。


 ……あ。


 デートプランも、こんな風に思いつくままメモを書き殴って作っていけばいいのか。


「ただいま戻りました」


 背後から声がして、外回りから戻ってきた美里さんが、オレの席の横をちらりと視線を寄こしながら通り抜けていく。


 ふわりと柑橘系の甘い香りがして、オレの思考は完全に仕事から美里さん自身へと引き戻された。


 このままデートプラン構築に集中するか?


 ……とも思ったが、後ろの席から高見係長の視線を感じて、さすがに諦めた。


 プランニングは、家に帰ってからじっくりやることにしよう。


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