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彼は今日も壁打ちをくりかえす  作者: 津山直太


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第5話 めんどくさい人

 リビングに入ると、テーブルには既に山盛りの唐揚げとフライドポテトが用意されていた。


 綾乃さんは冷蔵庫を開けて、缶ビールを手に持っている。


「直人君、ビールでいいよね?」


「はい。何か手伝いますか?」


「いいから、主賓は座っていてよ」


「主賓ですか……」


 首をかしげながら、ダイニングテーブルの椅子に座る。


 美里さんはソファーにリュックを置くと、勝手知ったる様子でキッチンの方へ入っていった。


 借りてきた猫のようにじっと椅子に座っていると、目の前に冷えた缶ビールと取り皿が置かれた。


「美里、冷蔵庫のポテサラも出して。ピザも焼いちゃうね」


「了解!」


 テーブルへ置かれたポテトサラダも、なかなかの大盛りだった。


「綾乃さん、こんなに食べられないですよ」


「あはは、全部食べなくていいよ。残ったら、子供たちが食べるからさ」


「え、どういうことですか?」


「子供食堂をやっているのよ。火曜日だけだけどね」


「そうなんですね……。今度調べてみます」


「ふふふ、やっぱり君、面白いよ」


「綾乃! あまり興味を持たないで!」


 オレにおしぼりを手渡して、美里さんが隣に座る。


 受け取ったおしぼりで手を拭きながら、そういえば帰ってきてから手を洗っていなかったな、と思い至った。


「ピザはちょっと待ってね」


 そう言って、綾乃さんが向かいに座り、自分のビールを開けた。


 続いてオレと美里さんも缶ビールを開けると、綾乃さんはオレと美里さんに順に目を合わせた。


「何かが始まりそうな予感に乾杯!」


「「乾杯」」


 勢いにつられて、缶ビールを差し出して音のしない乾杯をした。


 忙しい一日の終わりに染み渡るビールは、心地よい苦みがした。


「金曜日に来た時は気づかなかったけど。そうか、柳瀬直人はあの柳瀬直人か」


「はい?」


「君、高校に入学してすぐに有名人だったでしょ?」


「あー。その頃はそうだったみたいですね」


「サッカー部の一年生にしてレギュラーで、MFの司令塔。初の二回戦突破の立役者」


「まぁ、それ以降、試合に出ていないですけど」


 美里さんが取り分けてくれたポテサラを口に入れる。


 玉ねぎの千切りと細切りのベーコンが混ぜ込まれたポテサラは、ほんのりとカレーの風味がして、子供の喜びそうな味だった。


「何があったか、聞いてもいいのかな?」


「ありがちな話ですよ。怪我しちゃって、無理しちゃって……まあ、そういうことです」


 綾乃さんと美里さんが、一瞬硬直したように見えた。


 そうか、彼女たちは卒業してしまったから、その後のオレのことなんて知るわけがないよな。


「いや、プロを目指していたわけでもないし。自業自得というか……」


 何か、言葉の選択を間違えたのだろうか。


 美里さんはどこか悲しそうな、申し訳なさそうな表情になってしまった。


「美里はさ、君のことを全然知らなくて、電車で助けてくれたヒーロー君を探し回っていたよ」


「ヒーロー?」


「カッコよかったんだって。頭に血が上ってお礼も言わないで逃げちゃったからって」


「綾乃!」


「で、サッカー部の練習をしているところを見つけたんだけど。君のファンがたくさんいて、声をかけられないまま卒業したのね」


 オーブンがピザの出来上がりを告げる電子音を鳴らし、綾乃さんが席を外した。


 美里さんは口を尖らせながら、皿にのせたフライドポテトを箸で突き、オレをチラチラと見てくる。


「さっき、お礼は受け取りましたから」


「むー」


 いや、「むー」って言われても。というか、本当に「むー」って言うんだな、この人。


「いろいろバラされて恥ずかしい……。明日から会社に行けない」


「社会人なんですから来てくださいね。松岡課長に頼まれた件もあるんですよ」


「後輩が先輩に厳しい」


「甘やかした方がいいですか?」


「やだ!」


「めんどくさいな、この人」


「泣くよ!」


 声にならないほど爆笑した綾乃さんが、ピザを持って帰ってきた。


「直人君、めんどくさくなかったら、こんなに長いこと拗らせないからね。責任取ってあげなよ」


「責任って……」


 美里さんを見ると、すっと目をそらされる。


 綾乃さんはカットされたピザを、それぞれの取り皿へ1ピースずつ乗せていく。


「そうだね、一度、デートをするとか?」


 美里さんがパッと目を見開いて、こちらを見つめてきた。


「オレ、デートとかしたことないんですけど。それでもいいなら」


「わ、わたしもデートしたことないから大丈夫」


 何が大丈夫なのかはわからないけれど、いいらしい。


「じゃあ、私も一緒に――」


「デートに保護者はいらないから!」


「えー。直人君と遊ぶの楽しそうなのに」


「だいたい、綾乃は土日は仕事じゃない」


「昼間は空いているよ」


「うっ……」


「うそうそ、邪魔しないわよ。報告はしてもらうけどね」


「言われなくてもするわよ」


 するんだ。


 ビールを飲み干したオレを見て、綾乃さんが冷蔵庫を指さしたので、三人分のビールを取りに行く。


 わちゃわちゃと楽しそうに話す二人の会話に、時折相槌を打ちながら、二本目のビールを飲んだところでお暇することにした。


「綾乃さん、明日もあるので今日はこれで」


「そうだね、また遊びにおいでよ。直人君一人でもいいからね」


「絶対に私も一緒に来るから!」


 玄関の外まで見送りに出てくれた綾乃さんに手を振って、駅へ向かう。


「直人君、ここでいいよ」


「送ります」


「そんなに遅くないし、酔ってもいないから大丈夫だよ」


「送らないと、オレがいろいろ考えて眠れなくなるんで」


「……じゃあ、お願いします」


 美里さんを一駅先の家の近くまで送ったオレは、帰り道、結局彼女のことばかり考えていた。


 そしてその夜は、なかなか寝付けなかった。


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