第2話 クライアントからの呼び出し
月曜日の朝に仕様変更の確認書を係長へ見せると、確認することもなく先方へ送るように言われた。
営業部の方へ目を向けたが美里さんの姿はなく、予定表を見ると得意先へ直行しているようだった。
自席に戻り、定型文に手を加えて確認書を添付したメールを送る。
仕様変更を周知するための資料作成と会議調整を行っていると、電話が鳴った。
電話は仕様変更の保留を願い出るものだった。
振り出しに戻る。この仕事ではよくあることだ。
係長へ報告すると「またかよ」と嫌な顔をされたが、それだけだった。
ほかの企画の草案をAIで壁打ちしていると、チャットウインドウがポップアップしてきた。
『あの仕様変更確認書を作った担当者を連れて来いって言われたんだけど』
美里さんからのメッセージが表示される。
『今朝、担当者から保留って電話きましたよ』
『専務が会いたいんだって』
『菓子折りを用意した方がいいですか?』
『お菓子屋さんへ菓子折り持って行くって(笑)』
『美里さん、何かしました?』
『わたしが何かするまでもなかったよ。行ったら、娘さん(専務)にすぐに呼ばれてさ』
『何かする気だったんですか!』
『あははは』
先方の会社がある駅を出ると、スーツ姿の美里さんが手を振る。
「お待たせしました」
「気にしないで、今来たところよ」
「……デートじゃないし、男のセリフだし」
美里さんと一緒に先方の会社に着くと、なぜか社長室へ案内された。
応接セットのソファーへ促されるまま座って待つと、壮年の男性と30歳前後と思われる男女が入室してきた。
美里さんが立ち上がったので、オレも慌てて立ち上がる。
つつがなく名刺交換を終えると「申し訳ありませんでした」と言い残して、常務の肩書を持つ30代の男が退室した。仕様変更を指示した当事者らしい。
ソファーに座り直すと、女性がまじまじとオレの顔を見てくる。
彼女が専務で、実質的に会社を仕切っていると、美里さんから事前情報を教えられていた。
「うちの弟が無理を言ったみたいで、申し訳ありませんでした」
専務が深々と頭を下げる。
「いえ、頭を上げて下さい。仕事ですから、理不尽にならない範囲なら承りますよ」
「理不尽な要求だったら断れるのですか?」
「専務、出来ないことを無理に進めたら、お互いに不利益しかないですから」
オレは一度言葉を区切り、まっすぐに専務の目を見た。
「断るというよりは、実現可能な別の仕様に変えて、こちらから『こうしましょう』と再提案させていただくことになると思います」
「ほら、お父さん。〇×(イエスかノーか)でしか考えない和也とは違うでしょ。あの短時間で、ただの『確認書』として変更点を受け入れるだけでなく、スケジュール遅延のリスクと、それを回避するための代替案までまとめて差し戻してくれたのよ。あの子に爪の垢を煎じて飲ませたいわ」
「わかったから、社長と呼びなさい」
立ち上がりそうな勢いの由美子さんを社長がたしなめる。
ほとんどAIで作成した資料でそんなに興奮されてもと思いながら横を見ると、美里さんは『どう、うちの柳瀬、すごいでしょ?』と言わんばかりに自慢げな笑顔を見せていた。
「柳瀬さんとの窓口は今後、私が担当します。よろしくお願いします」
「あ、はい。承りました」
「あの、不躾ですけど。ご結婚されていたりします?」
「私ですか? 独身ですけど」
「でしたら、ご自分の意志で転職も可能ですよね」
「ちょ、ちょっと待ってください! 今日の呼び出しって、ヘッドハンティングみたいな感じですか? 由美子専務、聞いていないですよ」
「いま思いついたのですから、仕方ないですよ。それに、山崎さんはずいぶん前からお誘いしていますけど、考えていただけました?」
美里さんがオレの顔を見てから、天井を見上げ、由美子専務の方を向く。
「保留でお願いします」
「こう見えて私、待つのも得意なんですよ」
圧力のある笑顔って、こういうのを言うんだろうな。
「さておき、突然にヘッドハンティングなんてしないですよ。でも会ってみて、余計に興味はそそられました」
なんかいたたまれなくなって、思わず右手を上げてしまった。
「あの、その確認書って、ほとんどAIに作らせたものなんですよ。ですから、失礼なのかもしれませんが由美子専務が評価しているのは生成AIになるんじゃないかと」
「私もAIは利用しているけれども、こんな資料は作ってくれませんよ」
「説明すると長くなりますが、コツがあるんですよ」
「長くなってもいいから説明してくれないかしら」
「見てもらった方が早いんですけど……」
時計を見ると間もなく正午。昼過ぎには定例会議が予定されている。
「午後から予定がありまして、後日で構わないでしょうか?」
「わかりました。私のスケジュールをメールするので、時間調整をお願いしてもいいかしら」
「承知しました。では、これで」
ファストフードで簡単に昼食を済ませ、自社に戻るとそのまま会議室へ向かった。
定例会議は主に各プロジェクトの進捗状況とコストをはじめとした課題を共有するために行われる。事前にレジュメと概要書は各自にメールで配布しており、確認と簡単な質疑応答で終わる。
そのはずだったのだが。




