第17話 アナログ資料と夜の会議の約束
何をするにしても、基本は情報の収集と整理だよな。
そう自分に言い聞かせ、仕様書ファイルを開いては、地道にクライアント情報と製品名を紐づけていく。
AIへポイと投げ込んで正確な一覧表ができればいいけれど、チェックの労力を考えると結局は自分でやった方が早い。
腕を組んでモニターを睨んでいると、外回りから戻ってきた高見係長がオレの横を通り過ぎて、後ろの席に着いた。
「お疲れ様です」
「ああ」
ねぎらいのあいさつをかけると、小さく返事が返ってきた。
ふと思いつき、係長に質問を投げかけた。
「係長は得意先って、どうやって管理しているんですか?」
「それはAIとなにか関係あることなのか?」
「ちょっと気になっただけです。営業の人たちって個人単位で顧客と繋がりを持つじゃないですか。係長の場合はどうなのかって」
係長はむすっとした顔で、机の引き出しからA4サイズの名刺ホルダーを取り出すと、中を確認する。
数枚の名刺を抜き取ると、その名刺ホルダーをオレへ渡してきた。
「見ればわかる」
名刺ホルダーを開くと、ずらりと名刺が並んでおり、名刺1枚ごとにびっちりと文字が書かれていた。
ペラペラとページをめくり、最後のページの名刺を見てから違和感に気づき、もう一度1ページ目から読み直した。
「なるほど、これは分かりやすいですね」
「名刺のメモ書きか? 誰でもやっていることだろ」
「それもそうなんですけど、名刺の配置がですよ。一見すると業種だけで分類しているように見えるんですけど、会社間の関係性も意識されていますよね」
「……なんとなくだ」
係長はオレから名刺ホルダーを取り上げると、抜いていた名刺を丁寧に元に戻し、机にしまった。
もう少しよく見て、整理方法を確認したかったが、仕方ない。
「柳瀬、お前は何をやっているんだ。珍しく腕を組んでいたが」
「はい、過去の仕様書の整理をしていました。藤沢製菓の仕様書を作るのに見ておこうと思いまして」
「おまえが頭を悩ませるような仕様が書いてあったのか?」
「仕様書を読む以前に、どれが藤沢製菓の仕様書か分からないんですよね」
オレは体をずらして、ファイルがずらっと並ぶディスプレイを係長に見せる。
「そんなのは管理台帳をみれば、どのファイルか見当がつだろう?」
「管理台帳は管理番号と契約先の会社しか書かれていないんですよね。契約の概要とか担当者とかがないんで、藤沢製菓のファイルを全部開いて確認していたところです」
「そんなことか」
係長が椅子に座り、PCを触り始めたので、オレも業務に戻った。
しばらくすると、係長からのメールが届いた。
何事かと、振り返ると。
「やるよ」
とディスプレイの陰から声だけが聞こえた。
メールの件名は「契約リスト」と書かれ、本文には「社外秘」のみが記載されていた。
メールには表計算ファイルが添付されており、開いてみるとオレが求めていた情報が不足なくデータ化されていた。
「ありがとうございます」
もう一度振り返り、少し大きな声で感謝を伝えたが、返事は返ってこなかった。
何にしてもありがたい。
作業の目途がついたオレは営業部のAI利用レポートへ思考をシフトした。
美里さんのスケジュールを確認すると、今日は午後から外出で直帰か。
明日以降のスケジュールは空欄だが、営業部は当日に予定が入ることも少なくないしな。
『営業部のAI利用のレポートの打ち合わせについて、スケジュール調整しませんか』
スマートフォンで美里さんへメッセージを送り、しばらくすると電話がかかってきた。
ディスプレイには『山崎美里』と表示されていた。
「はい、柳瀬です」
『直人君、メッセージ見たよ』
「すいません。今週どこかで美里先輩の空き時間があれば、営業部のAIについて打ち合わせしませんか?」
『それ、会社じゃないとダメかな?』
「会社以外で、どこでするんですか?」
『晩御飯がてら、夜の会議とか』
「はい?」
『今日だったら、綾乃の家で会議をするとか』
「迷惑じゃないですか? それに、綾乃さんとは関係のない話ですよ」
『大丈夫じゃないかな。AIの話ならあの子も興味ありそうだし』
「そうですか?」
『生成AIって料理にも使えそうじゃない?』
「使えますよ」
『それにね、第三者の意見も大事だと思うんだ』
「あっ、それは気づきませんでした」
『で、直人君は何時ごろに綾乃の家に来られそうかな?』
「えっ! もう決定なんですか?」
『もともと、綾乃の家に行く予定だったし。今日も直人君が来るよって連絡しておくよ』
「決定なんですね。わかりました……えっと、定時に退社できそうなので、19時前くらいだと思います」
『じゃあ、待ってるね』
弾むような声が聞こえて、電話が切れた。
あの二人は本当に仲いいんだな。




