第18話 ぶり大根は意外と簡単
「綾乃さん、こんなに頻繁におじゃまして申し訳ないです」
深々と頭を下げて、ちょっとお高めのプリンの入った紙袋を差し出す。
「気を使わなくてもいいのに。直人君のことは気に入っているから、大歓迎よ」
綾乃さんの後ろから手が伸びてきて、紙袋が消えた。
「わー、これって、この前デパ地下で見ていたやつだよね! あっ、だから少し遅くなったんだね」
紙袋の中を確認した美里さんが、綾乃さんの肩から顔をのぞかせた。
「お疲れ様です」
「ん、お疲れ! お腹空いているでしょ、入って」
前に出てきた美里さんはスーツではなく、ジーンズにTシャツ姿だった。一度自宅へ帰ってから来たようだ。
リビングに入ると、綾乃さんがテーブルに料理を運んでいた。美里さんは、 冷蔵庫を開けてプリンを並べる。
大きめの皿に盛られた「ブリ大根」「卯の花の煮物」「焼きナス」「ほうれん草と小松菜のお浸し」が並べられていく。
どれもこれもが旨そうだ。一人暮らしだと、和食はそうそう食べないから、今から食べるのが楽しみだ。
「直人君はご飯にする? それともビールがいいかな?」
おひつをテーブルに置いた綾乃さんに聞かれる。
「ビールでお願いします」
「ご飯が食べたくなったら、セルフでよそってね。沢山食べる子がいるから、おひつが空になってるかもしれないけど」
味噌汁の入った椀を持ってきた美里さんが綾乃さんを睨む。
「いくら私だって、そんなに食べないもん」
オレの向かいの美里さんが座り、その隣に綾乃さんが座る。
全員が席に着いたのを確認した美里さんが手を合わせる。
「いただきます」
オレと綾乃さんも「いただきます」と言って、缶ビールで乾杯をした。
それを見た美里さんが、なぜかお椀を差し出してきたので、缶ビールをコツンと当てる。
「うまっ!」
大根を食べた瞬間に声が漏れた。
「ほんとに?」
美里さんが腰を浮かせて、少し大きな声を出す。
「味がしっかりしみていて、口の中でほどけるような食感がいいですね。オレ、これ好きです」
「好きだってさ、美里」
綾乃さんがからかうように言って、美里さんの肩を叩く。
「直人君、それね美里が作ったんだよ。直人君のために」
美里さんの方を見ると、笑顔の見本のような表情をしていた。
「本当に美味しいです、美里さん。えと、ありがとうございます」
「よかった……。出先から直帰したかいがあったよ」
「ん? 帰社する時間が遅くなるから直帰したんじゃないんですか?」
「今日のクライアントがこっちの方だったから……往復時間がもったいないなって。あはっ」
「松岡課長に叱られますよ」
「これから、サービス残業の会議をするからちゃらよ。ちゃら」
「そういうことにしておきますか」
オレは焼きナスを皿に取り、すりおろした生姜をのせ、少しだけ醤油をたらす。
「ナスって、秋の食べ物じゃないんですか?」
「ナスは夏も旬よ。夏ナスはしっかりした食感で、秋ナスは柔らかいのよ。煮物とかカレーとかは夏ナスの方がいいのよ」
「知らなかったです」
皮がむかれた焼きナスは口の中でとろけた。
向かいに座る美里さんは、ご飯の上にブリを乗せて、ご飯をかきこんでいる。
「このおひたし、出汁でしっかり味が入っているんですね」
「そうよ。いきなり醤油をかけちゃう人が多いけど、直人君は違うんだね」
「そのままで食べてみないと、どれくらい醤油をかければいいか、わからないですよね?」
「ふふふ。そのとおりね」
オレは、何か変なことを言っただろうかと、首を傾げた。
缶ビールを一缶飲み終わるころに、美里さんが二杯目のご飯を食べ終わった。
「直人君、その料理だと日本酒が飲みたくなるでしょ? 美里も飲む?」
「私は梅酒がいいな」
「オレは日本酒でお願いします」
「よし、腹……七分目? になったから、AIのお話を始めようか」
若干食べ足りないらしい。
「そうですね。美里さんは営業で困ったなとか、面倒だなって思うことあります?」
「どうだろう……」
「えーと。仕事で悩んでいることとか」
「うーん」
松岡課長、人選ミスじゃないですか?
「あっ! 私、担当者が男の人だと緊張して、話せなくなることがある」
「……トラウマみたいなやつですか」
「うん。慣れたら大丈夫なんだけど。たまに、ダメな人もいてね」
「そんなときはどうしているんですか?」
「松岡課長が担当先を変えてくれるんだよね」
「あの人、ただのおちゃらけキャラじゃないんですね。知ってはいましたけど」
綾乃さんは話を聞きながら、おひつに残ったご飯でおにぎりを握っている。
「直人君、こんな話でAIの会議になるのかな?」
「いいんですよ。AIで何をするのかじゃなくて、AIに何をさせるのかなので。普通に出来ていることもAIを通すことで楽になったり、精度が上がったりするので」
おひつの蓋にのったお握りを美里さんに差し出しながら、綾乃さんがオレに問いかけた。
「それじゃあ、AIにレシピの検証とかもさせられるの?」
「ユーザーが料理の知識と経験があれば出来ると思いますよ」
「素人じゃダメなの?」
「ダメではないですけど、プロがAI使ってこそ意味がある部分が大きいんですよね」
そういう意味で、美里さんの問題はAIでは解決できないんだよな。
オレは別のアプローチがないかと虚空を見つめていると、美里さんがおにぎりを一つ差し出してきた。
「直人君、はい。おにぎり」
「あっ。ありがとうございます」
美里さんの笑顔は守りたいよな。




