第16話 直人君の癖じゃないかな
「今の会社での使い方に限界を感じていませんか? 柳瀬君」
「そうですね。無料で使えるトークンに上限がありますし、テンプレート化されたプロンプトに誘導されるのも違和感があります」
「プロンプトのログを見ると、テンプレートを使っていないのは柳瀬君だけですし、自然言語を使っているのも君だけです」
「やっぱり、専務はログを見ていたんですね」
隣で「ログ?」と首をかしげている美里先輩がいるが、説明は後にする。
部長と松岡課長に目を配ると、この二人もオレのログについては知っていたらしい。
「勘違いしないでくださいね。ダメだと言っているわけじゃないんです。ほかの人たちは君みたいな使い方はできないだろうな、というのが私の感想です」
「オレはそんな大したことはしてないと思いますけど」
専務が少し驚いたような顔をした。
「高橋部長、よくこんな逸材を採用できましたね」
「……採用を決定したのは専務です」
松岡課長が必死に笑いをこらえている。
「生成AIのハルシネーションを質問しながら洗いだしたり、的確なリテイクの指示で資料を作り直させたり、回答させるソースを限定したり。できないんだよ、普通はね」
「それはAIを一問一答の道具だと勘違いしているからじゃないですか?」
「それもあるけれど、思考の仕方が違うんですよ。君は質問と回答を俯瞰して、構造的に理解するとともにAIに再構築させているのですよ。無意識なのかもしれないですが」
横に座る美里先輩からの強い視線を感じる。
何か言いたいのを我慢しているんだろうな。
専務の話が続く。
「君のそれは、教えても出来るものじゃないんです」
「専務は出来る人なんですよね? オレのプロンプトを分析出来ているんですから」
「あははは。そうですね、君と同類だと思います。柳瀬君。君は今、自分が構造的にものを考えていることを証明したんですよ」
「え?」
「私の発言から、私が構造的に物を考える人間だと分かったのでしょ? そういうことです」
「あっ」
自分が生成AIに対してやっていることを人に対してもしていることを自覚して、急に目が泳ぐ。
「さて、この話はここまでにします。藤沢製菓の依頼ですが、受けて下さい。契約関係は松岡課長に一任します。契約内容については柳瀬君と調整してください。パッケージとは別契約で進めてくれた方がいいと思います」
「わかりました。今日にでもアポを取ります」
松岡課長はノートPCを閉じ、片づけを始めた。
「高橋部長、AIリテラシーの件は情報管理室とも協議が必要です。近々ブレストを計画してください」
「わかりました」
専務は立ち上がり、オレを一瞥した後に退室していった。
続いて、部長と松岡課長が出ていく。
「直人君、大丈夫? なんか顔色悪いよ」
「大丈夫です。ちょっと、緊張していたから……」
「すこし休んでから戻ろうか」
「すいません」
美里先輩は部屋を出ると、紙コップを二つ持って戻ってきた。
「はい、あたたかいココア」
「ありがとうございます」
ココアをすすりながら、専務の言葉を考えるが。正直、まだピンとこない。
美里先輩がカップを口にしながら、上目づかいでじっと見てくる。
「俯瞰で物を見るのって、直人君の癖じゃないかな?」
「癖?」
「私の場合は対人戦だから。スペースよりも駆け引きにウェイトを置いちゃうんだよね」
一瞬、何のことかと思ったが、テニスのことだと気づいた。
「直人君の場合は団体戦だからスペースとか人の配置や動きを見ているでしょ? 俯瞰で全体像を見る癖がついているんじゃないかな」
なんか、腑に落ちた感じがした。
「美里先輩は俯瞰するのって難しいと思いますか?」
「難しいというか、多分、できないかな」
考える間もなく即答された。
「でも、私には私の戦い方があるから。俯瞰で見ることにはこだわらないよ」
「オレ、今まで意識したことなかったから、よくわからないんです」
「難しく考えなくてもいいんじゃないかな? 直人君の考え方を誰かに強要する気はないんでしょ?」
「それはそうですけど」
「直人君は今までどおりがいい!」
「はい!」
勢いに押されて、大きな声で返事をしてしまう。
ココアを飲み終えたオレたちは、それぞれのデスクへ戻った。
モニターに表示されている優先度がつけられたタスクリストを見て、ため息をつく。
『順位1:パッケージプランの仕様決定』
由美子専務が窓口をやると言っていたよな。
悩んでも仕方ない、仕様書の作り直しから始めるか。
藤沢製菓の過去の仕様書を未整理状態のファイルサーバーからサルベージする作業に着手した。




