第15話 何だこの人
デスクに着いて、PCを起動すると一通のメールが届いていた。
藤沢製菓からのAIレクチャーに関する正式依頼のようだ。
CCには美里さんのアドレスもあったから、あとで呼び出されるな。
メールの内容が一般的なビジネス文章であることを確認して、係長と部長へ転送する。
受注金額と内容が決定して、契約するまでこの件は保留かな。
そうすると、元々受注していた件の仕様変更を進めないとな。
後は営業部のAI導入についてか。
タスクリストを見て、作業項目に漏れがないことを確認する。
『優先度の再設定を検討』
AIのチャットウィンドウに短いプロンプトを打ち込み、タスクリストを投げ込む。
AIの認識とオレの認識の差異をプロンプトで伝え、一覧表として出力させた。
「タスク管理のAppsの方も自動更新されれば楽なんだけどな」
「そうなんだね」
「そのうち手が空いたらPythonコードでも組ませて自動化も考えようかな」
「そんなことまで出来るんだ」
「オレはコードなんか読めないですけどね、生成AIなら……」
一瞬オレは誰と話しているんだと自問し、声の主が美里さんであることを今更ながら認識した。
オレは椅子を回転させ、真後ろでモニターをのぞき込んでいた美里さんへ向き直る。
「美里先輩、声をかけて下さい。びっくりするじゃないですか」
「全く驚いたように見えないんだけど」
「これでも、かなり驚いています」
「私だったら『わー』とか『キャー』と言うよ。驚いたら」
「……目に浮かびます。それで、メールの件ですか?」
「課長が経緯を聞きたいんだって。契約は営業でやるけど会計処理がどうとか」
「ああ、設計変更で今の業務に入れるか別にするかとかですかね?」
「今から小会議室だって」
「了解しました」
部長の方をチラッと見ると、営業部の松岡課長と話をしていた。
企画部は課長のポストが空席になっているから、部長も大変だな。
後の席の係長は外回りでいないし。
美里さんと二人で先に会議室で座って待っていると、部長と松岡課長、それと専務が入室してきた。
オレたち二人は慌てて立ち上がり、挨拶をする。
「「おはようございます」」
「おはよう。そんなにかしこまらないで、座ってください。なにか、面白い話があるそうなので同席させてもらうよ」
反射的に松岡課長を見ると、ウインクしてきた。
なんだろな、この人。
松岡課長は持っていたノートPCと大型ディスプレイを繋ぐと、今朝のメールと藤沢製菓へ提出した仕様変更の確認資料を画面に並べた。
「このメールにあるように藤沢製菓向けのAIセミナーの依頼が来ています。当社の業務外の依頼です。このような依頼がきた経緯について、報告してくれるかな。柳瀬君」
オレが立ち上がって、説明しようとすると。
「柳瀬君。座ったままでいいですよ。それと、これは何かを決めるような会議じゃないですから、いつもの君の言葉で話してください。ほら、いつもAIに話しかけているように」
「え?」
一瞬の硬直の後、専務を見ると目じりにしわを寄せていた。
これ、詮索すると墓穴を掘るやつだな。
オレは椅子に腰を下ろし、専務の表情を見ながら話を始めた。
「事の発端はオレの作った仕様変更の確認書です。藤沢製菓から突然の仕様変更があったので、変更前後の比較と、変更による課題を生成AIを使って資料を作成しました」
状況を知っている部長と美里さんが軽く頷く。
「その資料を見た、藤沢製菓の専務がオレに会いたいと言ったので、営業担当の山崎先輩と面会することになりました」
「その仕様変更の資料がこれですね。実にわかりやすい資料だと思います」
「ありがとうございます」
仕様変更の資料について質問されるかと、待っていたが、専務に先を目で促された。
「面会の際にAIで資料を作成したことを言ってしまいまして、どうやって作るのか教えてくれないかと頼まれ、後日時間をとって実演する約束をしました」
「クライアントとは懇意にしてもらっていたので、営業サービスの一環で了承しました」
美里さんが補足を入れてくれる。
「その約束が先週金曜日で、予定外に専務だけではなく手の空いている社員にもAIを使うところを見せることになりまして……」
何て言ったらよいのか考えていると、美里さんが後を続ける。
「柳瀬君が熟練のAIセミナーの講師のような講義をしました。実際にAIを使うところを見せながら、初心者にもわかりやすく。目から鱗が落ちるような内容でした。そのあと、専務にも短いレクチャーをしたところ、セミナーを継続してくれないかと頼まれました」
美里さんがしゃべり終わると、誰もが口を閉ざし、静寂が訪れた。
議事進行役の松岡課長を見ると、小さく専務を指し示していたので、黙って待つ。
「なるほど、これは実に由々しきことですね」
「えっ!」
専務の言葉に、美里さんが大きな声を上げる。
「柳瀬君、他社のAIリテラシーを底上げする前に、当社にAIリテラ
シーを浸透させる方が先ではないですか」
「もっともです。ですが――」
「と言っても、難しいですよね。わかります。君のAIの使い方は企業内の使い方じゃないですから」
なんだこの人。




