第14話 沢山食べられるわけだ
紙袋を左手に下げ、右手でインターホンを押した。
間を置かずに「いらっしゃいませ」と、ドアが開けられた。
綾乃さんは口角を上げて、ニッコリと微笑むと体を横へ向け、奥のテーブルを手のひらで示す。
「あっちの席に用意してあるからね。飲み物もすぐに持っていくわ」
「ありがとうございます」
「美里は後で報告があるんだから、飲みすぎちゃだめよ」
振り向くと「あかんべえ」をしていた美里さんが、そっぽを向いて何もなかったふりをする。
テーブルには彩り鮮やかなオードブルが並べられており、オレは席に着く前にリュックからカメラを取り出した。
それを見た美里さんが、足を止めてくれたので、手早くシャッターを数回切る。
「綾乃さん、きれいですね」
「料理? それとも私?」
「どっちもです」
「直人君らしいわ」
そう言い残すと、綾乃さんは厨房へ入っていった。
二人掛けにセッティングされたテーブルに向かい合って座るとすぐにシャンパンを三つトレイに乗せた綾乃さんが戻ってきた。
「デートの成功を祝って乾杯しましょう!」
「綾乃、わたしまだ報告してないよ」
「その顔見たら、楽しかったんだなってわかるわよ」
「えっ、そんな顔してる?」
「鏡を貸そうか?」
綾乃さんは美里さんをからかいながら、シャンパンを置いていく。
「綾乃さん、仕事中じゃないんですか?」
「土曜日の夜って意外と暇なのよね。今夜は貸し切りよ」
「そうなんですか? あっ、これ」
オレは紙袋を綾乃さんへ渡した。
綾乃さんは紙袋の中を覗き、美里さんの方を見る。
「あなた、自分の食べたいものを買わせたんでしょ?」
「ちがうわよ。直人君がパッケージが参考になりそうだって言うから……。美味しそうだったんだもん」
「はいはい、シャンパンがぬるくなっちゃう前に乾杯するわよ。乾杯!」
三人でグラスを合わせ、シャンパンに口をつける。
よく冷えたシャンパンの泡が口の中ではじけ、芳醇な香りが鼻腔を抜けていく。
ほんのりと上品な甘さが余韻のように続いた。
「それじゃ、私は次の料理を準備してくるわ。ごゆっくり」
ぐっと、シャンパンを飲み干して、綾乃さんは厨房へ戻った。
残されたオレたちは「いただきます」と手を合わせ、オードブルに手を付ける。
カナッペを食べながら、この店って儲かっているんだろうかと不思議に思った。
一口ごとに表情を変える美里さんを見ながら、今日一日のことを思い返していると、料理を運び終わった綾乃さんが椅子を持ってき
てオレの隣に座った。
「綾乃、何でそっちに座るの?」
「そっちに座ったら、美里の顔が見られないじゃない」
「むー。なんかズルい」
「いいから、美里は報告しなさい」
「無理。直人君が目の前にいるのに……」
「オレが報告しましょうか?」
「直人君、そういうことじゃなくてね」
美里さんは口を尖らせて睨み、綾乃さんはテーブルを叩きながら笑い出した。
「で、どこに行ってきたの?」
綾乃さんに、今日一日の行動報告をしながら料理を堪能した。
♢♢
日曜の朝は昨日と打って変わって、青いペンキをぶちまけたような晴天だった。
天気のせいで、しばらくご無沙汰だったジョギングをすることに決め、着替える。
クッション性の高いスニーカーの紐を固く結び、外に出ると夏の匂いがした。
ゆっくりと歩き出し、少しずつ速度を上げる。
肩甲骨を寄せるように背中を動かし、腰を回転させ尻で地面を押すように走る。
ジョギングよりも少しだけ早く気持ちよく走れる速度を維持する。
膝に違和感はないが、もう少しという気持ちを抑え、速度を緩める。
息を整えながらゆっくりとしたジョグに切り替えると、汗が噴き出し、滝のように顔を流れる。
きもちいい。
しばらく走ると、すこし大きな公園が見えてきた。
こんな公園だったっけ?
こっちまで来るのも久しぶりだからな。新しく整備されたとかかな。
時計を見ると、もう30分も走っていたので、折り返して自宅へ戻ることにした。
帰りは無理をせず、ゆっくりと歩く。
朝飯は何にしようかなと街並みを眺めながら歩いていると、後ろから走る音が聞こえてきた。
オレが振り返るのと同時に「直人君!」と美里さんが叫ぶ声が聞こえた。
短パンTシャツの美里さんが駆けてくる。
「はぁはぁ。なんで――帰ろうとしているの――はぁ」
全速力で走ってきたのだろう、息を弾ませながら大きな声で話しかけられた。
「美里さん、どこから走ってきたんですか?」
「ふぅ。だから、そこの公園からだよ。見えてなかった?」
「すいません、気づかなかったです。えと、公園でトレーニングですか?」
「テニスしてたんだよ。直人君が見えたから公園に入ってくるかなって、待っていたら帰ろうとするんだもの」
「すいません。ちょっと走りすぎた感じだったんで、折り返したんですよ」
「ジョギング? 脚は大丈夫なの?」
「負担がないように軽くですから。美里さんは誰とテニスを?」
「嫌がる綾乃を無理やり連れてきた。昨日の仕返しだよ」
「仕返し?」
「え、ああ、こっちの話……。引き止めちゃってごめんね。じゃあ、また月曜日ね! バイバイ」
美里さんは来た時と同じように、全速力で公園へ向かって走って行った。
なるほど、沢山食べられるわけだ。
公園の入り口で振り返って、大きく手を振る美里さんに手を振り返し、帰路に就いた。




