33.幽霊事件の余韻だ!
月影亭での調査を行った翌日の晩。二人はその宿から少し離れたバーで飲んでいる。
「結局、カナタの推理はほとんど当たってなかったね」
「まあ、そう言うなよ。報酬はなかったけど、経験値は入ったじゃないか。原理はわからんが」
カナタとしては祝勝会のつもりだったが、会話の内容は反省会に近い。
「まさか宿の主人の奥さんが、家出して分身魔法の練習をしていたなんて思わなかったよね」
「受付の床の下に、主人が隠してたオカルト本が隠してあったからな。これ以上奥さんにこの本は読ませたくないんだと言ってたな」
女性の幽霊の正体は、主人の妻であった。
自分の身体をもう一体、魔法によって作り出す魔術がある。それができれば便利だと思って毎晩のように練習を始めたらしい。
ところがその過程で妙な魔術師に師事してしまい、宿の売上を持ち出して寄進するようになってしまった。
当然のごとく主人がそれを咎めたが、妻の方は出て行ってしまったというわけである。
「新興宗教まがいの魔術師っているんだね」
「しかしそいつのサイン本に執着して、霊の姿で探し回るとは、普通じゃないぞ」
最後に霊が受付の床を指さしたのは、本の隠し場所がそこらしいと考え、宿の主人以外の人物に掘り起こしてほしかったのだろう。
カナタの読んでいた雑誌に興味を示したのは、彼女のほしがっていた本ではないかと確かめたようだった。
「奥さんは出て行ったから、あの主人からしたらどこにいるかわからないよね」
「ああ。ところが奥さんが霊の姿で本を探しながら、宿の客室にも出るようになってしまった。主人からすると迷惑以外の何物でもない。排除したい。」
「客室には女の幽霊が出続けていて、どうにかしてほしい、できれば倒してほしいとギルドに依頼があったんだよね」
「だが! ここだよ、甲冑の幽霊の推理は合ってただろう!」
カナタが興奮し出す。彼の指摘の通り、宿の主人が甲冑姿で盗みを働いていたことは事実であった。
驚いたのは、主人の妻はそれを知らなかったことである。主人が悪事で稼いだ金を妻が魔術師に寄進する。わけのわからない金の流れができていた。
「月影亭の主人、あまり詳しい事情を話さないなと思ったけど、ようやく理由がわかったよな」
「でも、本と一緒に甲冑が床下に隠されてなかったら、悪事の証拠がなかったでしょ」
リナの指摘通りではあった。床下にあったのは魔術師のサイン本と、古びた甲冑。そして宿に泊まった客のものらしき金品の一部。
女性の遺体があるものと推理していたカナタにとっては予想外だったが、主人も甲冑と金品について説明できなかった。
そしてすでに縛られた状態であったためか、真相を白状したのだった。カナタたちは彼を警察に突き出した。
「結果的にはよかったんじゃないか? あまり勝利の美酒って感じはしないけど」
飲みながら喋っていたカナタは、グラスが空いたことに気づいた。
注文しようと思ったときに、テーブルに新たな酒が置かれた。
「こちら、サービスです」
「あ、ありがとうございます。どうですか、ご主人にはその後は面会に?」
「ええ、反省した様子ではありましたが、もう会いに行くことはありませんわ。もう、この街を離れようかと思っていますの」
サービスのお酒を運んできたのは、月影亭の主人の妻であった。少し離れたところのバーで働いていたのだ。
「奥さんが意外と近くに住んでいて、驚いたんじゃないですか」
「ええ……これぐらいの距離じゃないと魔法で出した分身を操れないもので。ですがもうあの本は取り戻しましたから、月影亭にも用はありませんわ」
「そうなると、これからは……」
「大魔術師様のところでお世話になります」
やはりそうかと、カナタとリナは思った。
そうして月影亭を巡る奇怪な事件は終わりを告げた。




