第39話 転移魔法
「まずは風絶」
カルファは念のため、匂いや音、気配を消すオリジナル魔法を発動した。
「そして追跡」
詠唱と同時に、きらきらと輝くマナが、カツラの位置と頭頂部の位置を知らせてくれる。
「よし! 捉えました」
周囲の人々は、亀川先生の頭頂部が突然光り出したことで慌てふためいていた。
だが、ここでやめるわけにはいかない。
(次です。次の工程に――)
扉から扉へ繋げるように。
あの便利道具と同じように。
そう強くイメージする。
「つ、繋がった……あとは扉を開けて移動させるだけですっ!」
カルファがぐっと力を込めた、その瞬間。
亀川先生の頭頂部が光り輝き、バリッという音が響いた。
そして、目を開けた時には――。
「カ、カルファさん……やりましたよ! 成功です!」
喜ぶ舞香の声とともに、頭を確認する亀川先生、首を傾げるファンたち、そして先生を心配するイベント関係者たちの姿が目に飛び込んできた。
カルファは転移魔法を成功させた。
まだ本当に短い距離だ。
しかも相手はカツラ。
そのため、達成感はあっても、どこか現実味に欠ける。
周囲の視線が少し痛い気もする。
だが、それでも確かに一歩だった。
(これで……大きな一歩を踏み出せました……よね?)
さすがのカルファも疑問形になってしまったが、あとは、ひたすらバレないように特訓するだけだ。
そうすれば、いずれトールのように使いこなせるはずで――。
(そうです! そうに違いありません!)
カルファは、自らにそう言い聞かせた。
「って、カルファさーん、あれ? ここにいるはずなのにいない……なにこれ?!」
そこで、カルファははっとした。
「あ……」
そういえば、風絶を解除していない。
カルファは慌てて、トールの真似をするように指を鳴らした。
――パチン!
魔法が解除される。
「ふぅ……」
「あ、現れた! いや、認識できた? とにかく成功しましたよ!」
「うふふ♪ どちらでも。これで一件落着ですね」
「ですね! というか、あんまり喜ばないんですね? もっと喜ぶのかと思ってました!」
「いえ、尊敬する亀川先生のお役に立てて、しかも転移魔法も――大したことではありませんが……一応、成功しましたからね。とても嬉しいですよ?」
そこで一度言葉を切って、カルファは続ける。
「ですが、まだ……ただ使えただけですからね」
「なんていうか、その……カルファさんって、魔法のことになると、いつもに増してストイックになりますよね?」
「ストイックなんてとんでもない。ただ好きなだけですよ♪ 推し活と何も変わりません」
そこまで言ってから、ふとカルファは違和感を覚えた。
「って……あれ? 何か忘れているような……」
「あっ! そうだ、設楽先生のサイン会ですよ! えーっと時間は……」
「あぁ……どうやら間に合わないですね」
二人そろってスマホを取り出し時間を確認したが、設楽先生のサイン会の受付終了まではあと五分しかなかった。
いくらここから近いといっても、歩いて五分以上はかかる。
「ですね……仮に間に合うとしても、魔法を使わないとですよね……今使った転移魔法とか」
「いえ、さすがにカツラで成功したからといって、人間でも大丈夫とはなりませんよ……それに、これは完全に私情ですからね……あははっ、はぁぁ……」
現実の非情さに打ちひしがれかけた、その時だった。
――コホン!
空気を裂くような大きな咳払いが響く。
カルファと舞香がそちらを向くと、射抜くような目でこちらを見ている亀川先生の姿があった。
(もしかして……全部聞こえていたのでしょうか)
あるいは、魔法を気取られたのか。
だが、それはないはずだ。
トールでも気づけない隠蔽魔法を施していたのだから。
「な、なんか先生怒ってません? 私たちを親の仇みたいに睨んでますよね……」
隣では舞香も青い顔をしていた。
「何故でしょうね……」
二人が顔を見合わせていると、案内係の声が響いた。
「次の人、どうぞ!」
まず、カルファが亀川先生の前へ立つ。
すると先生は、カルファと、その後ろにいる舞香を交互に見てから、ぼそぼそと低い声で言った。
「……君が直してくれたんだろ? カツラ……。あ、本ある?」
思いがけない言葉に虚を突かれつつも、カルファは痛バッグから亀川先生の本を取り出し、差し出した。
「あ、はい! 本あります! ですが、カツラはその――」
「別に……否定しなくてもいいよ。あ、本預かるね。買ってくれてありがとう。あー、あと設楽先生のサインだっけ? 欲しいんだよね? ちょっと声かけとくから、一階で待ってて。後ろの子の分もだから、二人分か」
「えーっと……って、ええ!?」
「しっ、静かにね。良い物見れたし、お礼だよ」
「良い物って……」
気になる一言を問いただそうとしたその瞬間。
「では、次の人ー!」
案内係の声が絶妙なタイミングで割り込んできた。
「ふふっ、次回作も楽しみにしていて下さい」
「あ、ありがとうございます! 楽しみにしています!」
カルファがお辞儀をすると、その流れのまま今度は舞香にもサインが入り、何事もなかったかのように順番は進んでいった。
そして、この後。
一階で待っていた二人のもとへ、マネージャーらしき人物が現れ、設楽先生のサイン入り書籍を二人分手渡してくれたのであった。
☆☆☆
窓の外に夕日と鱗雲が見える機内。
帰りの便でも、行きと同じようにカルファが窓側、舞香がその隣だった。
機内には、行き先を告げるアナウンスが穏やかに流れている。
窓の外の景色が違うからだろうか。
それとも今日という一日があまりにも楽しかったからか。
どことなく、寂しかった。
だが、この感覚は初めてではない。
もっとこの時間が続いてほしい。
また同じ明日を過ごしたい。
そんな不思議な感覚がカルファの胸を満たしていた。
(そうだ……)
トールやドンテツ、チィコと冒険を終えた時も、同じような気持ちになった。
(明日も会いたい……ですか……ふふっ♪)
あの三人以外に、こんな感情を抱く日が来るとは思ってもみなかった。
でも、嫌じゃない。
「楽しかったですねー! カルファさん」
「……ええ、そうですね」
「まーた、ぼーっとしてる! さては好きなことで頭がいっぱいでしたね? もしかして魔法ですか? いや、推したちですかね?」
「い、いえ! あ、いえ……案外そうかもしれませんね」
「わーい、大当たりー! また来ましょうね!」
「はい、是非!」
(トール様、私は今、好きなことでいっぱいです。何度も思います。この世界に来て、本当に良かった)
隣で笑顔を咲かせる舞香を前に、そう心の内で呟いたカルファであった。




