第38話 憧れの先生とカツラ
昔を懐かしみながら、そして名物だというたい焼きを頬張りながら歩行者天国を歩くこと十数分。
一つ目の目的地である大きな書店が、ようやく見えてきた。
「時間は……ぴったりですね!」
舞香が痛バッグからスマホを取り出して言う。
「では、このたい焼きを食べ終えたら行きましょうか」
「そうですね!」
そのまま歩みを進めていくと、ファンたちなのだろうか。
同じように各々の推しを飾った痛バッグを持ち、推し色に合わせたコーディネートで挑んでいる人々が、一階の受付前で列を成していた。
「こんなにも同じものを好きな方々がいらっしゃるのですね」
もちろん、SNSや動画コンテンツで人気が高いことは知っていた。
だが、実際に目の当たりにすると、また別の感動が胸に押し寄せる。
「いますいます! なんならもっといますよー! 当日来られなかった人や、抽選に外れた人もいるんですから」
「うふふ、そうですよね! 私ったら、何を当たり前のことを――」
「いや、でも気持ちはわかりますよー! “アプリとかゲームで何万ダウンロード達成しました! すごく人気ですー!”とか言われてもピンとこないですし、アニメとか漫画とか小説とか見ていても、なんていうか……人恋しい時とかありますしね!」
「舞香さんでも、あるんですか? 拓斗さんがいらっしゃるじゃないですか!」
「急に拓斗ですか……も、もちろん、拓斗がいるので寂しいって思うことは少なくなりましたよ? って、何言わせるんですか!」
「うふふ、ごめんなさい♪ ついつい幸せを分けていただきたくて」
舞香は二人でいる時、気を使ってか拓斗の話をあまりしない。
けれど、こういう反応を見る限り、関係はうまくいっているのだろう。
「と、とにかくです! こういうリアルイベントでしか得られない心の栄養があるってもんです!」
「ふふっ、なんだかとても自慢げですね♪」
「それはやっぱり、オ――」
「オタクですもんね♪」
「正解です!」
そうして他愛もない話を続けながら、二人は書店へ足を踏み入れた。
☆☆☆
店内では可愛らしい声のアナウンスが響き、デザインから文字の色まで千差万別、さまざまな愛を表したポップが溢れている。
「なるほど……本については表紙を見えるように、できるだけ平積みにしているのですね。これは勉強にもなりますし、目の保養にもなりますね」
ポップに関しても、自分たちが勤める書店より作品の良さを的確に、かつオリジナリティ豊かに伝えている。
間違いなく素晴らしい仕事だ。
「参考になりますよねー! 熱量がすごいっていうか、愛が深いっていうか」
「本当に! 私もいつかここに至りたいです」
「カルファさんなら、あっという間になれますよー! って、私も頑張らないとですね!」
「うふふ♪ ですね!」
工夫を凝らされた店内を見て回りながら、サイン会が開かれている二階へと向かう。
「ふぅ……いよいよですか」
「はい! いよいよですよ!」
元気よく返事をする舞香と並んで前を見る。
そこには順番待ちをしているファンたちと、その先で案内をしているイベント関係者、そして一番奥には――憧れの亀川先生がいた。
長机に座り、手渡された書籍へサインを書き、笑顔を向けている。
一見すると、特におかしなところはない。
だが、カルファの目にはどうにも気になる点が映った。
(……なんでしょうか)
顔色が悪い。
いや、違う。
(焦っている……?)
どこか落ち着かない。
そんな違和感があった。
不思議に思ったカルファは、隣にいる舞香へ小声で話しかける。
「舞香さん、亀川先生……いつもと違う気がしませんか? 何か焦っているような、なんと言ったらいいんでしょう――」
「えっ? そうですか? うーん……あっ!」
「何か気づいたんですか?」
「いや、あのその……ズレてません? それを左手で押さえているように見える気が――」
「ズ、ズレている!?」
「しーっ! カルファさん、声が大きいですって!」
「ご、ごめんなさい!」
舞香が言うには、先生の頭頂部がズレているらしい。
つまり、カツラである。
自分たちの世界では、王族や貴族の間で権威の象徴という名目で流行していたが、実際のところは薄毛隠しに過ぎなかった。
いくら金があっても、薄毛を治療することはできなかったのである。
先生も使用しているという噂は聞いたことがあった。
だが、まさかこのタイミングで明らかになるとは思わなかった。
「ですが、どうしましょう……あのままでは、そのうちここにいる皆さんも気づいてしまいますよね……」
「それはそうですけど、どうしようもないですって。ズレたカツラを、本人以外が戻すなんて」
「ズレたものを移動させる……それも本人にも周囲にも気づかれずに……あっ! いえ、でも難しいでしょうか……そもそも使っていいのでしょうか……困りましたね」
舞香の言葉を聞いて、カルファの頭にはまた一つ、案が浮かんでしまった。
魔法。
それも追跡を使用し、カツラと頭頂部の間の軌跡を辿る。
そして、その間をあの有名な便利道具――【どこでも扉】のようにつなげれば、距離は短いが転移魔法として機能するはず。
「何かいい案でも浮かんだんですか?」
「いえ、あくまでも可能性があるということで……それに、使っていいのか自分では判断がつかなくて」
「ということは魔法ですよね? えっ、でもカルファさんが契約違反していないと感じれば問題ないとかじゃなかったですか? それなら――」
「いえ、今回は少し悩んでいるんですよ……。私、カツラとは無縁の人生でしたし……これって、どうしても魔法を使って解決しないといけない問題なのかと……」
「いやいや! たぶん、かなりの危機ですし、魔法でしかどうしようもないですって!」
「そうですか……でも、トール様はどう思われますかね……」
カルファ自身の気持ちは、ほとんど固まっていた。
だが、それをトールが容認してくれるとは限らない。
「大丈夫です。トールさんなら、きっとわかってくれますから! むしろ早く解決しちゃいましょう! 私もあの微妙なズレが気になりすぎて、サイン会どころじゃなくなってきてますし……ふふっ」
「舞香さんがそこまで言うなら、やってみます……!」
(今、少し笑ったような……私なにか変なことを言ったのでしょうか……?)
けれど、今はそれどころではない。
とにかく、亀川先生を助けなければ。
視線を逸らして口元を押さえている舞香を不思議に思いながらも、カルファはついに魔法を行使した。




