第37話 ドキドキな飛行機
搭乗してから、一時間ほどが経った頃。
カルファは、なんだかんだ文句を言いながらも、初めての空の旅を楽しんでいた。
窓の外に広がるのは、真っ白な雲海と光り輝く大きな太陽、そして果てしなく続く地平線。
雲の切れ間からは、ところどころ紅葉の混じる山々や海まで見える。
スマホなどで見て理解したつもりではいたが、この星もまた、水が豊富で自然に恵まれた場所なのだと改めて実感する。
だが――。
飛行中、何度目かの機内アナウンスが流れた。
《皆様、ただいまシートベルト着用のサインが点灯いたしました。シートベルトをしっかりとお締めください――》
「んふぅ……ま、また――っ! 内臓がギュッとなるぅぅー!」
自然の素晴らしさ、壮大さに心打たれたとしても、この乱気流だけは別だった。
飛行機が揺れるたび、内臓をぐっと掴まれたような独特の気持ち悪さが襲ってくる。
これは苦手だ。
おそらく、そう簡単に慣れることもないだろう。
自分が魔法で飛ぶ時には、こんな感覚は起こらない。
やはり科学と魔法では、在り方そのものが違うのだろう。
(トール様には怒られてしまうかもしれませんが……やはり早く転移魔法を覚えたいものですね)
「カルファさん……大丈夫ですか? CAさん呼びます?」
「い、いえ! 大丈夫です。もう慣れましたから」
「本当に大丈夫ですか? なんだか、いつもより顔が青い気がしますよ?」
「……心配していただいてありがとうございます。最悪、魔法で回復させますから」
「えっ?! 魔法を使っても大丈夫なんですか?」
「私自身が心から必要と感じていれば問題ありませんし、自分の酔いを治すくらいなら、トール様やヒロおじ様にも怒られないと思います」
「そうですか……とはいえですよ! 無理しないでくださいね!」
「ありがとうございます」
そう口では言ったものの、カルファの内心は複雑だった。
(ですが……やはり、こういう時こそ駄目ですよね)
今まで何度もやらかしてきた身である。
ここで魔法に頼るのは、さすがに違う気がする。
(どうか、早く収まりますように……)
☆☆☆
乱気流を抜け、飛行機は無事に着陸した。
そこから少し長めの電車移動を経て、ようやく目的地まであと一駅。
「カルファさん、よく耐えましたね」
「あはは……な、なんとか……ギリギリ耐えられる範囲でしたので、根性で乗り切りましたね」
まだ少し身体はふわふわしていた。
そこからの電車移動もなかなか堪えたが、それでもカルファは魔法に頼らず耐えきった。
(トール様……褒めてください)
「ははは……根性ですか。じゃあ今度来る時は新幹線にしましょうか。少し時間はかかりますけど、酔うことはないですし、駅弁を食べるなんてこともできますしね!」
「駅弁ですか……それはとても気になりますね。でも、時間がかかってしまうんですよね? 泊まりならありかもしれませんが……」
食べ物に目がないチィコなら、新幹線一択だろう。
だがカルファは、どちらかというと早く着く方がありがたかった。
「うーん、それは確かにですね。でも、それこそ魔法とか? ほら、あるじゃないですか! あっちこっち移動できちゃうすごい魔法! それでこの世界に来られたんですよね?」
「すごい魔法……転移魔法のことですよね?」
「ですね!」
「やはりですか……ですが残念なことに、あの魔法はトール様しか使えないんですよね。それに、いくら伺っても教えてくれませんし、自分で考えようにもどういう原理なのかさっぱりで」
「ええ?! そうなんですか! やっぱり勇者さんってすごいんですね! あっ、だったら、どこでも扉とか参考にしてみたらどうですか? ほら、あの青いタヌキのアニメの!」
「――ああ! あのタヌキ型ロボットさんですか。でも、物語の中の話ですよね……それに科学ですし――」
舞香が口にしたのは、弱虫な主人公を青いタヌキ型ロボットがさまざまな道具で助け、成長を促していく心温まる物語だった。
「じゃあ、無理っぽい感じですね……うーん」
「いや、待ってください! もしかしたら、共通点があるかもしれません!」
カルファの脳内に、ぱっと光が差した。
そうだ。
トールは科学や小説、漫画、アニメがあふれる世界で育ったのだ。
ということは、あの奇抜な発想の源泉は、二次元コンテンツにあると言っても過言ではないのではないか。
「舞香さん、どうやら私はまた一歩、真理に近づけそうです!」
「えへへ……何かわかりませんけど、力になれたなら良かったです!」
そんなやり取りをしていると、車内アナウンスが流れた。
《次は秋葉原、秋葉原――》
「あ、もう着きますね♪ ささっ、私たちの戦いは今からです! 心を躍らせて挑みましょう! レッツ推し活!」
「うふふ、間違いないですね! レッツ推し活ー!」
二人は気合いを入れ直し、電車を降りてホームを抜けた。
その先には、建ち並ぶビル群、個性豊かな看板、アニメーションが流れる巨大な液晶、そして車を気にすることなく人々が歩く歩行者天国が広がっていた。
「き、き、きたぁーーーーー!」
ここが、全国のオタク――いや、全世界のオタクコンテンツが集う場所。
古のコンテンツから最新の二次元グッズまで揃う、まさしくオタクの聖地。
カルファはついに、その聖地へと降り立ったのだ。
「あはは! カルファさん、すごくイキイキしてますねー!」
「はい! なんというか、感無量です! あともう少しで推し作家様たちに会えるわけですし、見知ったアニメやアプリの広告もありますし、平日だというのにこの活気ですよ!」
カルファの目には、すべてが輝いて見えた。
少し自分たちエルフに似た特徴の人々も歩いている。
違う国の人たちだろうか。
何にしても、通り過ぎる人々の顔が皆どこか楽しげで、明るい。
好きなものを求めて旅をする。
それを友人と共有し、語り合う。
(きっと平和とは、こういうことなのでしょうね)
「カルファさーん! 早く行きましょー!」
「あ、はーい! 向かいますー!」
心から楽しかった。
トールについて来て、本当に良かった。
(いつか、トワルフの森の皆にも――)
カルファはそう思いながら、舞香のあとを追って、賑わう秋葉原の街へと駆け出した。




