第33話 虫の知らせ
「はぇ~! それにしても色んな物があるんだねー! エスカレーターも長いし」
チィコは、ゆっくりと流れていく店内の様子に夢中だった。
手すりに掴まり、きょろきょろと視線を動かしている。
エレベーターという手もあったが、「見ながら上がりたい」という本人の希望で、エスカレーターで六階まで向かっている最中だ。
「ここは日本でも有名な百貨店やからな。あ、あんまり顔出したらあかんで? 巻き込まれたら大変やからな」
身を乗り出したチィコを見て、トールは注意する。
「あ、ごめん! ついつい夢中になっちゃった」
「ええよ、でも気を付けてな」
「はーい!」
「ふふっ、ええ子や」
チィコが興奮するのも無理はない。
さまざまなジャンル、計算された導線。
長く続いていることからも分かる通り、地元民にも愛されている全国有数の百貨店だ。
(コンセプトもええ感じやしな……)
“お客様の暮らしにちょっとした刺激を――”という理念も、なかなかに好ましい。
「なるほど、各フロアごとにコンセプトを変えているのですね……勉強になります」
聞き覚えのある声に、トールは顔を上げた。
「って、カルファ?! なんで前におるん」
いつの間にか、カルファが前にいた。
その手にはパンフレットがあり、どうやら説明を聞きながら先回りしていたらしい。
(ん? 今……気配、感じんかったな)
いくら実力者といっても、トールの気配察知能力を掻い潜るのは簡単ではない。
それこそ、魔法を使わなければ――。
トールの中で、ある疑念が浮かぶ。
「……カルファ。君、まーた魔法つこたやろ?」
「つ、つつつつ、使ってなんかいません!」
「ホンマに?」
「ホンマにです。ほら、だって私、強制送還されていませんよね?」
(確かに強制送還はされてない……やけどな)
普段は使わない関西弁まじりの返事。
明らかに動揺している。
トールが視線を合わせようとしても、それを避けるようにカルファは、キョロキョロと目を動かす。
「それは証拠にならへんな……」
なぜ、こんなにすぐバレる嘘をつくのだろうと、トールは呆れる。
自分やチィコが気配や匂いに気付かなかった時点で、何かしらの魔法を使っているのは間違いない。
風魔法が得意なカルファなら、気配も匂いも遮断する障壁を纏うくらい造作もないのだから。
「そ、そんなことありまへんて」
そのうえ、この反応である。
いまだに動揺しすぎて目も合わせられていない。おまけに、どんどん方言のイントネーションがおかしくなっている始末だ。
これで、疑わないでほしいという方が、無理がある。
「今、本当のこと言うたら怒らへんけどなー……」
「……いました」
「なんて?」
「使いました」
「やっぱりな。怒らへんから、なんでつこたか教えてくれる?」
「……はい」
エスカレーターを上がりながら、依然として目を合わせようとしないカルファの説明を、トールは聞いた。
「――ということです」
話をまとめると、ドンテツが急に腹を壊してトイレへ駆け込み、そのまま戻って来なくなったらしい。
カルファはそれを勘ぐり、自分を置いてトールたちと合流したのではないかと考えたようだった。
「やから、追跡に気配遮断系の風の魔法をつこたん?」
追跡――相手の痕跡を辿る、トールのオリジナル魔法の一つだ。使えるのはトールのほか、カルファだけである。
「ええ……でも、まさかこちらにドンテツがいないとは……完全に見誤りましたね。あ、気配遮断系の魔法はですね! 風の障壁を応用した私のオリジナル魔法で――」
「いやいや、見誤るとか以前の問題やし。新作の魔法がどうのとか、今は聞いてへん」
「ですが、かなりの自信作なんですよ? 体に纏っていても気づかれないですし、トール様がおっしゃったように匂いも完全に遮断されますし」
「試行錯誤したことはわかった。けどや、使ってるとこ見られたら終わりなんやで? というか、そもそも追跡を使うなら、僕やなくてドンテツにちゃうん?」
魔法のこととなると、歯止めが効かない。
ここまでくると、もはや一種の才能かもしれない。
しかも、しれっと「使わざるを得なかった」みたいな言い方までしている。
(あかんやつや……これ)
「あれれ〜?」
「いや、とぼけてもあかんから」
泣かなくなったのはいい。けれど今度は、「ここまではセーフ」みたいな妙な自分ルールができ始めている。
(これやからカルファは……)
そういえば、異世界にいた頃もこんなことは多かった。
旅の途中で何度も、オリジナル魔法を教えてほしいとせがまれた。
だからトールは「命に支障をきたさないこと」を条件に教えたのだ。
だが繰り返すうちに、カルファは“何度魔法を使えば命に支障が出るか”を理解してしまった。
そしていつの間にか、その線引きは“命に支障をきたさない程度”から“意識が途絶えるまでなら大丈夫”にすり替わっていた。
無駄に頭が回る魔法バカ。カルファとは、そういうエルフなのである。
……まあ、その頭の回転の良さが長所でもあるのだが。
だが、トールは敢えてここでは褒めない。
「ねーねー、話はわかったけどさ。じゃあドンテツは?」
「あ、ホンマや、ちょい待ちや」
トールはポケットからスマホを取り出し、ドンテツへ電話を掛けた。
――プルルル……プルルル……プルルッ。
《お客様のおかけになった電話は現在電波の届かないところにあるか、電源が切られております――》
「っあかん! 繋がらへん!」
「お腹を下しているのでしょうか……」
「あー……だから、こんなに時間が掛かるんだね……」
「そんなアホな。トイレやからって電源切るん? いや、それくらい痛かったってことかいな……」
「あの――トール様」
「なに? まだなんかあるん?」
「大丈夫です。もう飽きましたから」
「いや、飽きたって自分が言うたんやん」
カルファは軽く咳払いをして、話を変えた。
「そんなことよりもですね……なんでドンテツと電話ができるんですか? あの人、スマホなんて持っていなかったですよね?」
「あー……あれや、レンタルスマホ。連絡係として誰か持っておかんとあかんやろ?」
(これは少々面倒な流れやな)
トールは内心で舌打ちしつつも、
(まさか、このタイミングでドンテツに渡していたスマホの存在に気づかれそうになるとは――いや、まだバレたわけやない)
そう自分に言い聞かせて冷静を装う。
「へぇー……レンタルスマホ……そんなものがあるんですねー……てっきり、ドンテツだけにスマホを渡したのかと思ってしまいましたよ」
「まさか、僕がそんなことをすると思う?」
「いえ、しないとは思いますが」
「ねーねー! トール! スマホ光ってるよ!」
――ブブッ。
チィコの声と同時に、スマホが振動した。
どうやらメッセージが届いたらしい。
トールは画面をスクロールして確認する。
「これは……」
送り主は、ドンテツ本人だった。
ただ、この内容をそのまま誰かに見せるわけにはいかない。これはさすがに、ドンテツの名誉に関わる。
「あ、ヒロおじからやわ。何やら至急の用事らしい。ちょっと連絡してくるわー!」
そう言って、電話を掛けるふりをしながらエスカレーターを降りた。
「ここは……四階か。えーっと、エレベーターはっと……いや、転移魔法使う方が早いか」
ドンテツから送られてきたメッセージは、カルファの話していた通り、一階で用を足していた時のことについてだった。
だが、お腹を下したとかそういう話ではない。
……いや、ある意味では当たっているのかもしれないが。
とにかく、早く行かなければならない。
「よし……転移魔法でいこ」
意を決したトールは、エレベーター付近から人目につきにくい衣服売り場のブースへ移動し、試着室へ滑り込むと、すぐさま追跡魔法を発動した。
「追跡」
きらきらと輝くマナが、ドンテツの居場所を知らせてくれる。
「補足完了や」
転移魔法は万能に見えるが、行ったことのない場所へは、そのままでは飛べない。追跡と組み合わせて初めて転移できるのだ。
もっとも、今の時点でそのデメリットを知っているのはトールだけだ。
もしかすると、そのうち魔法バカと化したカルファが使えるようになったりして――。
(いや、まさかな)
「やなくて、早くドンテツのところ行かんと!」
トールは小声で詠唱した。
「転移魔法、発動……」




