第28話 月乃屋商店
「これが商店街で……あそこが月乃屋商店か」
ドンテツは、思わず足を止めた。
頭上にはアーチ状の屋根がかかり、橙色の看板には土地名と商店街の名が大きく記されている。
その先には、屋台や小さな商店、問屋など、さまざまな店が並ぶ通りが広がっていた。
行き交う人々は、買い物をしたり、立ち話を楽しんだり、それぞれ思い思いにこの場所を使っている。
(なるほど、活気のある良い通りだの)
初めて目にする商店街だったが、ドンテツはすぐにそう感じた。
その中でもひときわ目を引いたのが、月乃屋という看板を掲げた店だった。
建物には、あの髪留めの細工と同じ月の紋様が描かれている。
「もう迷うことはないな。ナビより、よほど完璧な案内だったの」
ここへ辿り着けたのは、雪子という女性が電話口で丁寧に道順を教えてくれたおかげだった。
「賑やかだの」
この場所なら、カルファもチィコも楽しめるかもしれない。
いずれ皆で来てもよさそうだ。
(トールは大変かもしれんが)
そんなことを思いながら、ドンテツは物珍しさに目を奪われつつ、月乃屋の方へ歩いていった。
「あ、こちらですー!」
店の近くまで来ると、雪子が立っていた。
巫女を思わせるような格好で、こちらに手を振っている。
「お嬢さん。その……本日、お日柄もよく……お招き頂きまして……」
「あっははー! なんですか!? その変な挨拶は」
雪子は堪えきれないといった様子で笑った。
「いや、なんというかだな……来たのはよいが、どう声を掛ければよいかわからんくての」
「そんなの気にしなくていいですよー! 落とし物を拾ってくれた恩人なんですから。って、あ、そうでした! お名前を伺っても?」
「あ、ああ……名か。ドンテツという」
「ドンテツ? 珍しい名前ですね! もしかして海外の方とか? それにしては日本語が上手ですよね……?」
「そ、そうだな。儂は海外出身だ。だが、この日本という国が好きでの。昔から言葉を勉強しておった」
「それで流暢に話されるんですね。納得しました」
雪子はあっさり頷いた。
(どうやら疑いは晴れたようだの)
今の自分はトールの魔法で見た目を人族に変えている。
特徴的な容姿も隠され、日本の言葉も読み書きできるようになっている。
それでも、日本人とは少し違って見えるらしい。
(カルファならまだしも、儂までそう見えるとはな……)
この世界に本当の意味で溶け込むのは、そう簡単ではないのかもしれない。
「ドンテツさん? あの……怖い顔されてますけど、どうかしましたか?」
「あ、いや、少し考え事をの」
「考え事……ですか。何か気になることでも?」
トールたちのことを口にするわけにもいかず、ドンテツは愛想笑いでごまかした。
(こういう時は、トールの口の上手さが欲しいの)
「それでは早速、お店の中をご案内しますね」
☆☆☆
月乃屋の店内に入ると、ドンテツはすぐに空気の違いを感じ取った。
「うちで取り扱っているのは、こんな感じですね! 最近ですと、金と銀の合金で作った鈴が人気商品です!」
「うむ、鈴もそうだが……包丁も見事だ」
店内には、派手な装飾はなかった。
透明なガラスケースの中に商品が整然と並べられ、余計なものはほとんど置かれていない。
刃物や工芸品が主役であり、店はそれを見せるための箱である。
そんな印象だった。
(良い店だ)
雪子は嬉しそうに続ける。
「はい! うちはどの商品も低温鍛造に拘っていてですね、鞘も朴の木を使ってるんです! 朴の木って、水はけも良くて適度に油分があって、錆びにくいんですよ! あ、もちろん全部手作りです!」
「低温鍛造とな……それに鞘まで手作りか」
ドンテツは目を細めた。
この世界には魔法がない。
その中で温度を均一に保ちながら鍛えるなど、手間のかかることこの上ないはずだ。
それでもやっている。
鞘も、刃物ごとに寸分違わず合わせてある。
(ここまでのものを、この世界で見られるとはの……胸が熱くなるの!)
異世界だからどうこうではない。
これは純粋に、職人の技だ。
「……決めた。決めたぞ! 儂はここで働く!」
「えっ? は、働く? どういうことでしょうか?」
「ガハハハッ、すまんの! 伝えておらんかったが、儂がこの店に来たのは、働く場所を探しておったからだ」
雪子は明らかに面食らっていた。
「いや、それは……いきなり言われても、その……」
「わかっておる。無理を言っておるのもだ」
だが、ドンテツは一歩も引かなかった。
「だがの、儂はこの店が気に入った。だから譲れん」
その時だった。
店の奥から、筋骨隆々の男が現れた。
ツナギ姿に皮のエプロン、分厚い皮手袋。
立っているだけで、鍛冶場の熱気をまとっているように見える。
「おい、お前……恩人だって聞いていたから黙ってたがよぉ。うちで働きたいだと? 鍛冶師の仕事を舐めてんのかぁ!?」
(やはり、この人が店主か)
ドンテツは一瞬で悟った。
立ち姿だけでわかる。
一流の鍛冶職人だ。
「舐めておらん」
ドンテツは迷いなく歩み寄って、
「やるからには命を懸けて鉄を打つ。一切妥協はせん!」
その手を握った。
「店主よ――いや、師匠よ! よろしく頼む!」
「俺が師匠……師匠……」
「うむ。教えを請う者なのだから、師匠だ」
店主、いや師匠となった男性は返事をしないまま、妙ににやにやしていた。
だが、その手の厚みだけで十分だった。
(間違いない)
見立て通りだ。
「ちょ、ちょっと離してくれねぇか……手が痛えわ」
「あ、すまぬ。師匠」
「いや、もうどこからツッコんでいいかわからねぇ……」
「良かったね! お父さん、弟子ができて!」
雪子は完全に面白がっている。
「はぁぁ……なんでお前が乗り気なんだ……」
「だって、鍛冶職人って孤独だし! 仲間は多い方がいいし! それに、お父さん厳しいから弟子なんて絶対無理だと思ってたし?」
「あー、わかったわかった」
店主――雪子の父は、深いため息をついてから言った。
「しばらくは見習いとして面倒見てやる」
「本当か、師匠!」
「ああ。けどな、一度でも音を上げたら出て行ってもらう。それでいいな?」
「うむ! 問題ない!」
「はぁ……まずは言葉遣いからだな」
こうしてドンテツは、月乃屋商店で見習いとして働くことになった。




