第27話 電話
トールがドワーフの国を訪れたあの日のことを、ドンテツは今でもはっきり覚えていた。
トールは、見たことも聞いたこともないオリジナル魔法【音声拡大】を使い、国中に響き渡るほどの大声で呼びかけた。
そして、国中の者たちが集まると、今度は【次元収納】を発動し、狩ってきたばかりのドラゴンを数頭、大量の鉄鉱石とともに次々と取り出してみせた。
『これで、世界で一番の剣を作ってくれへん? そしたら、このいざこざ解決するで』
飄々とした独特の口調で、とんでもないことを言った。
それなのに、ドンテツは――いや、ドワーフたちは、期待せずにはいられなかった。
それから半年後。
その予感は、見事に的中した。
トールは魔王を討ち果たしたのだ。
団結とは程遠かった他種族をまとめ上げて。
その結果、勇者パーティの仲間たちには、それぞれ功績に応じた恩賞が与えられることになった。
その時、ドンテツが願ったのは、廃業となった工房の復活と、散り散りになっていた仲間たちを国へ呼び戻すことだった。
どうせ通るはずがない。
そう思っていた。
だが、それは叶った。
トールの後ろ盾。
そして、その考えに賛同したカルファとチィコ――チィコは本当に意味をわかっていたのか怪しいが――そのおかげで。
「懐かしいの……っと、それよりも電話だな」
昔を思い出していたドンテツは、気持ちを切り替えると、月乃屋の番号へ電話をかけた。
《……はい、月乃屋商店です。どういったご要件ですか?》
出たのは、先ほどの女性ではなかった。
代わりに聞こえてきたのは、迫力のある低い男の声。
(もしや、店主かの)
だが、そこでドンテツは一瞬言葉に詰まった。
どう説明すればいいのか。
《ん? いたずらか? おーい!》
「あ、そのだな……」
自分でも情けなくなる。
(何を驚いておるのだ、儂は)
むしろ別の者が出る方が自然だ。
それに店主なら、話は早いはずである。
ドンテツは一つ咳払いをした。
《ん? なに言ってるのか、わかんねぇぞ! やっぱいたずらか?》
電話口の男は、明らかに語気を強めた。
「あ、いや、すまん!」
《はぁぁ? すまん?》
「うむ、返事をするのが遅れたからの。用件は、そちらの店を一度見てみたいと思って電話した次第だ」
伝えたいことは言えた。
あとは、許可がもらえるかどうかだけだ。
《はぁ? うちの店を見たいだと? 意味わかんねぇこと言いやがって! もしかしててめえ、新手の詐欺だな!》
「詐欺ではない! 少しでいい、見せてくれんか?」
《だから意味がわかんねぇって言ってんだろ! それにな! 詐欺じゃねぇって言うやつが一番怪しいんだ!》
困った。
本当に困った。
怒らせるつもりなど、まったくなかった。
ただ、純粋にどんな仕事をしているのか見てみたかっただけだ。
電話越しに怒気を強める男に、ドンテツが対応を考えあぐねていると、向こう側から別の声が割って入った。
《なになに? お父さん、大声出して。誰から電話?!》
《知らん。おかしな口調のやつが、うちの店を見たいとか言ってやがる!》
《おかしな口調? 私が出ようか?》
《いや、俺がちゃんと断る! たぶん詐欺だ。高齢者を狙った詐欺に違いねぇ》
《んもう! そんなこと言って! ショート動画の見過ぎ! もしお客さんだったらどうするの? とりあえず私に代わって!》
《ちょ、ちょっとお前、待てって――》
《もしもし、お電話代わりました。月乃屋商店の月乃雪子と申します。何のご用件でしょうか?》
その通る声を聞いた瞬間、ドンテツは気づいた。
(あのおなごか)
先ほど、髪留めを拾った時に慌ただしく駆け寄ってきた女性だった。
なるほど、先ほど話していた男は父親らしい。
少し失礼な印象を与えてしまったかもしれない。
いや――。
(儂の口調が変なのか……?)
少し考えた末、ドンテツは口調を変えてみることにした。
参考にするのは、もちろんトールだ。
「こんにちは……いや、おたくの商品を目にして、虜になってもうてん。せやから、一回見してくれへん?」
《……お父さん、これはやばい》
《だから言っただろ! やばいやつだってよぉ》
《うん、こんな面白いなんて反則過ぎる……》
(どうやら、これもだめだったらしいの……)
スマホ片手に落ち込むドンテツ、対して二人は電話を切ることもなく、向こうでひそひそと話し込んでいる。
(つくづく縁がないの)
スマホを耳元から、ズラして――諦めかけた、その時だった。
《いや、待って……なんか聞いたことある声かも》
《聞いたことあるってお前、そんな偶然があるわけないだろ》
《うん、わかるけど、まだ繋がってるなら確かめてみる!》
《いや、お前……ここまで言って、切ってなかったのか》
《え? 当たり前でしょ? お客さんかもしれないのに》
《ん……ああ、まあいい。早く確かめろ……どうせ相手は切ってる》
《うん》
(……切っておらんのか)
その反応には、ドンテツも完全に同意だった。
この流れ、どう考えても断る流れだったからだ。
そもそも、切っていないなら、本人を前にして、ここまであけすけに話すものだろうか。
だが、どこか憎めない。
トール、カルファ、チィコ。
そして祖国のドワーフたちの顔が、ふと脳裏に浮かぶ。
《す、すみませーん……繋がっていますかー……?》
雪子は、今さら気を遣うような声色で呼びかけてきた。
(言いたいことはあるが……こちらも、大人の対応をするべきだな)
そう考えたドンテツは本音をグッと飲み込んで応じた。
「ガハハ、大丈夫だ。儂も少し別のことを考えておってな。よく聞いておらんかった」
《あああああぁぁーー! やっぱり、さっき私の髪留めを拾ってくれた人ですよね!? 先ほどはすみません! ちゃんとしたお礼もせずに、というか連絡先も教えていなかったのに、お礼をするなんて意味のわからないことも言ってましたよね!? 私……》
「うむ、そうだな。だが、お礼など気にせんでよい。拾ったのは偶然だからの」
ドンテツがそう返すと、雪子は《ありがとうございます~!》と元気よく応えた。
そして、また父親との会話が始まった。
《ほーら、お父さん! 繋がってたよ? しかも、髪留め拾ってくれた人だし》
《あー、お前が朝から探し回ってた髪留めな。あれを見つけてくれたのが電話の相手なのか……チッ、切ってくれた方が良かったぜ……受けた義理は、変なやつでも返さないといけねぇじゃねぇか……》
(丸聞こえなのだがの)
しかも、かなり誤解を受けている気がする。
だが、ドンテツはそれをあえて指摘しなかった。
(まあ、別に気にするほどのことでもないか)
そう思いながら、少しだけ口元を緩めた。




