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役目を終えたオカン系勇者の現実スローLIFEはままならない  作者: ほしのしずく


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第26話 偶然の出逢い

「うむ、実に立派な建造物だな……」

 

 ドンテツは、チィコの通う学校の前に立っていた。

 建物の構造は実に興味深い。

 頑丈さを重視しつつも、光を取り込むため大きなガラス窓が取り付けられている。

 

 門の外からでは細部までは見えないが、特殊な加工が施されていることは間違いないだろう。

 

(他に用がなければ、正式に申し入れて構造を調べたいところだが……)

 

 しかし、今回は別の目的がある。

 チィコと会い、地図アプリの使い方を教わること。

 そして、どうにかして商店街へ辿り着くことだ。


 目的を思い出したドンテツは、髭を触って自分を落ち着かせて、門の中に視線を向けた。

 

「ん? 子供らの姿が見えんの」

 

 が、それどころか、敷地内のどこを見渡しても、子供の姿は見当たらない。

 

 代わりに聞こえてくるのは、楽器の音や歌声、靴と床が擦れる音、そして元気な掛け声だった。

 

 不思議に思った、ドンテツはスマホで時刻を確認する。

 

「なるほど、そういうことか」


 時刻は、十二時ピッタリだ。

 

(トールの言っていた時間を、少し過ぎておるな)

 

「ふぅ……仕方あるまい、帰るか」

 

 悔しいが、縁がなかったということだ。

 それにある程度道は覚えた。

 

(一度戻り、トールかカルファにアプリの使い方を教わればよい)

 

 そう割り切り、ドンテツは学校を後にしようとした。

 

 ――その時。

 

 正面から、全速力で駆けてくる女性の姿があった。

 

「どこに落としたぁぁのぉぉぉ!」

 

 整った顔立ちでありながら、鬼気迫る表情。

 後ろで束ねられた髪は激しく揺れ、吐く息は白く、目は血走っている。

 

 まるで追い立てられた馬のような勢いだった。

 

「な、なんだ……?」

 

 ドンテツは思わず身構える。

 何をそこまで必死に探しているのか。

 信号はまだ青のままだというのに。

 

(落とした……何かを探しておるのか?)

 

 ふと、足元に目を落とす。

 そこには、月の形をした髪留めが落ちていた。

 ドンテツはそれを拾い上げる。

 

 ――チリン。

 

 裏側についた小さな鈴が、澄んだ音を鳴らした。

 

(見事な細工だ)

 

 精巧な造りでなければ、この音は出せない。

 

「ほう……錆びぬ金と銀を使っておるのか」

 

「あああああぁぁ! それ! それ私のです!」

 

 女性は勢いのまま駆け寄り、ドンテツの手を強く握った。

 

「ありがとうございますぅぅーー!」

 

 その瞬間、ドンテツは違和感を覚える。

 

(……この手)

 

 固く、分厚い。

 金属と向き合い続けてきた者の手だ。

 見た目は若い娘だが、その手は職人のそれだった。

 

「すみません! いきなり手を握るなんて……! でも助かりました! 本当にありがとうございます!」

 

 女性はそう言いながら、髪留めを受け取る。

 

「このお礼は必ずしますので! では!」

 

 深々と頭を下げると、再び全速力で信号を渡っていった。

 

「一体……なんだったのだ」

 

 呆然としたまま、ドンテツはその場に立ち尽くす。

 やがて気を取り直し、帰路についた。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 帰り道。

 あまり綺麗とは言えない川沿いを歩きながら、ドンテツは先ほどの出来事を思い返していた。

 

(あの紋様……どこかで見た気がするの)

 

 気になり、足を止めスマホを取り出して、検索を試みる。

 

「確か……こうだったか」

 

 慎重に文字を打ち込む。

 

【月の紋様 髪留め 鈴】

 

「やはりか」

 

 検索結果の一番上に表示されたのは、

 

【月乃屋 髪留め 鈴 伝統製法 看板娘】

 

 画像も、先ほどの髪留めと女性の姿に一致している。

 

(なるほど……あの店の者か)

 

 だが、それがわかったところで連絡手段がない。

 そう思いかけた、その時。

 

(……いや、待て)

 

 サイトをスクロールする。

 

「あるではないか、電話番号が」

 

 思わず顔が綻ぶ。

 

「これで連絡が取れるの」

 

 スマホは苦手だが、通話機能は実にありがたい。

 

(この技術……工房でも使えれば喜ぶ者も多いだろうな)

 

 ドンテツは、ふと、祖国のことを思い出す。

 ドワーフの国は、ものづくりにおいて他国を圧倒していた。

 建物、武器、道具――その大半がドワーフの手によるものだ。

 国民のほぼ全てが、何かしらの製造に関わっていた。

 ドンテツの工房にも腕利きの職人が揃っており、皆が研鑽に励んでいた。

 

(あやつらは元気にしておるだろうか)

 

 だが同時に、酒好きで、鍛冶以外には無頓着でもあった。

 

「儂らしくないな……昔を懐かしむなど」

 

 苦笑しながらも、胸の奥に小さな不安が残る。

 ドワーフ族はかつて、どの国とも取引を行っていた。

 人族、獣人族、そして魔王の国でさえも。

 勇者と魔王の戦いが起きようとも、その姿勢は変わらなかった。

 結果、他種族から冷ややかな目を向けられることとなった。

 

(当然のことだな)

 

 どちらにも与しない姿勢は、利益だけを得ているように見えただろう。

 やがて多くの工房が閉鎖に追い込まれ、職人たちは国を去った。

 

「……あの時は大変だった」

 

 だが――。

 

「もう心配はいらんかもしれんな」

 

 小さく笑みを浮かべる。

 

「あれもこれも、トールのおかげだ」

 

 ドンテツたちが散り散りになりかけたその時、

 最強の勇者と呼ばれる男がドワーフの国を訪れた。

 目的は、ドラゴンの牙を用いた剣の製作。

 そして、属性の加護を付与する技術。

 事前に書簡で知ってはいたが、最初は応じる気はなかった。

 

(魔法も知らぬ異世界の若造に、使いこなせるはずがない)

 それが、ドワーフとしての矜持だった。

 

 しかし――。

 

(あやつは、それを覆した)

 

 トールは、そのすべてを証明してみせたのだ。

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