第29話 鍛冶職人とは
一ヶ月後。
店の奥に設けられた鍛冶場には、師匠であり、雪子の父でもある月乃勉、雪子。
そしてドンテツの三人がいた。
ドンテツはあの日から、毎朝日が昇ると同時に住まいを出て、月乃屋商店へ向かう生活を続けていた。
そして、家屋の裏手にある鍛冶場で火を起こし、鉄を打つ。
それが、いつしか当たり前の日課になっていた。
「まさか、ここまでできるやつだったとはなぁ……」
勉は呆れ半分、感心半分といった顔で打ち上がった品を眺めていた。
「酒の臭いがするのが気になるが……まさか、飲んでから来てんじゃねぇだろうな?」
「ガハハハ! そんなわけがなかろう。儂は働きに来ておるのだから」
そう返しながらも、ドンテツは内心ぎくりとしていた。
(さすがに鋭いのう……)
働き始めてから知ったことだが、この世界では就業前に酒を飲んではいけないらしい。
やめようとは思っている。
思ってはいるのだが、長く身体に染みついた習慣というものは厄介で、酒を口にせねばどうにも調子が出ない。
「本当か……? 怪しいなぁ」
「お父さんお父さん! そんなことより、これ見てよ! この包丁、すっごくよく切れるよ! ほら!」
巫女のような服からツナギ姿に着替えた雪子が、ドンテツの打った包丁を手にして駆け寄ってきた。
革のエプロンに革手袋。
彼女もまた、朝は鍛冶場に立ち、火入れを手伝っている。
もっとも、ドンテツとは少し違う。
始業時間になれば店に立ち、店員として働くのだ。
(本当によく働く子だの)
それだけではない。
ドンテツが異国から来た者だと信じたうえで、勉に悪印象を持たれぬよう、何かと気を回してくれている。
控えめに言って、好ましい娘だった。
「やめろやめろ、そんなこと言うんじゃねぇ!」
勉は雪子の手から包丁を受け取り、眉間に皺を寄せる。
「こっちは何十年もかけて今の域に辿り着いたんだぞ? にしても……切れすぎる。わけがわかんねぇ」
(やってしもうたか)
ドンテツは包丁を見て悟った。
どうやら今回も、無意識のうちに加護を刻んでしまったらしい。
おそらく、カルファのことを考えていたせいだろう。
(さて、どう誤魔化すかの)
集中しすぎると、無意識に属性の加護を刻んでしまう。
この世界にもマナが漂っているせいか、その癖が抜けない。
「ガハハハ! 何を言っておるのだ、師匠よ。鍛冶をして一週間やそこらで、師匠の域に辿り着けるわけがなかろうて。あれだ、偶然の産物とかいうやつだの」
「偶然の産物だぁ?」
勉はじろりと睨んだ。
「そんなもんが、そうそう出てくるか。俺だって信じたくねぇよ。一週間かそこらで自分を超えるような真似をされるなんてな!」
勉の指差す先には、磨きを終えた刃物が十数本、整然と立てかけられていた。
どれも、ドンテツがこの一週間で打ったものだ。
しかも、そのほとんどに何らかの加護が刻まれてしまっている。
その日思い浮かべた人物に引っ張られるのか、包丁ごとに宿る属性は違っていた。
「これなんか、無駄に光って見えるぞ?」
勉が手にしたのは、魚の骨を断つために打った出刃包丁だった。
(それはまずいの……)
あれには、トールのバスターソードと同じ光の加護が宿っている。
もし世に出れば、切れ味は無機物のまな板すら軽々断ち、さらに浄化と癒やしの性質まで持ってしまう。
下手をすれば、死んだ魚が息を吹き返すことすらありえる。
(普通の人族が、その力に気づけば厄介なことになる)
そう、誤魔化さねばならない。
「それはあれだの、儂の国でしか許可されていない材料を使ったからで――」
「ははっ」
だが、勉は笑った。
「何を慌ててやがる。性能がいいだけじゃ客は買わねぇよ」
さらにはそう言って、立てかけられた中から刺身包丁を一本取り上げた。
「ドンテツ、お前は鉄を打つことに関しては、見たこともねぇ才能があるかもしれねぇ」
勉の目は真剣だった。
「焼き入れも焼き鈍しも問題ねぇ。土置きの意味もわかってる。だから欠点はない。切れ味もいい。けどな――それだけだ」
「それだけ……ですか」
「そうだ」
勉は包丁を軽く掲げた。
「その後、使う誰かを思って打ったか? 常に客のことを意識して鉄を打つ。それを忘れてねぇか?」
ドンテツの胸にその言葉が刺さる。
「個性が死んでるんだよ。それじゃ誰のための刃物かわからねぇ」
「個性……」
ドンテツは包丁を見つめた。
確かに、ドワーフは物心ついた時から鉄を打つ。
そこに特別な思いを込めることは少ない。
ただ己が納得するものを追い求める。
(そうか……)
この世界では、それだけでは足りないのだ。
客がいてこその商売。
誰かの手に渡り、誰かを支えるための道具。
それを、自分はどこかで忘れていた。
「では、師匠。儂はこの品々をどうしたらよいのでしょう?」
「それはだな――」
「あんた! ドンテツちゃんにキツく言うのはいいけどね、あと三十分で始業時間だよ!」
鍛冶場の入口から、元気な声が飛んできた。
現れたのは、師匠の妻であり雪子の母でもある、月乃雪緒だった。
客にも強気、取引先にも強気。
だが、勉はどうやら雪緒には勝てないらしい。
「もう用意できてるんだからさ、さっさとご飯食べて!」
「お、おう!」
さっきまでの威勢はどこへやら。
師匠――月乃勉は、途端に勢いを失った。
「えーっと……まぁ、あれだな。取りあえず飯食ってからだ」
「だね! お母さん、今日は何?」
「ふふん! 今日はカツ丼よ!」
「やったー! カツ丼♪ カツ丼♪」
雪子が跳ねるように喜ぶ。
カツ丼は、この家でよく食べる料理だった。
“勝つ”に掛けた縁起物でもあるらしい。
サクサクの衣をまとった豚肉。
甘じょっぱい、魚の香りを含んだタレ。
ほどよく食感の残る玉ねぎ。
そこへ半熟の卵が重なり、滑らかさとコクを与えている。
(忙しい朝にかき込めるのも良い)
脂っこいものを好まぬカルファはともかく、肉好きのチィコなら大喜びするに違いない。
「ほら、ドンテツちゃんもおいで!」
「は、はい! 今伺います」
「はぁ……なんで師匠の俺より、ママの方に丁寧な言葉遣いなんだ? 意味わかんねぇ」
「はいはい、そういうのはいいから。つっちゃんも来るの!」
「弟子の前で、つっちゃんとか言うんじゃねぇ!」
「あっそ。じゃあご飯抜きね」
「ちょ、ちょっと待て! それとこれとは関係ないだろうがよぉ!」
「関係あります! 結婚してからも愛称で呼ぶって約束したでしょ?」
「あ、ああ……したな」
「でしょ? じゃあ返事!」
「は、はい……ゆーちゃん。つっちゃんも行きます……」
「うふふ、宜しい!」
勉はいつものように根負けし、肩を落としながらも顔を赤くして、皆の後についていく。
(……これも、一つの幸せというやつかの)
そう思うと、ドンテツは少しだけ頬を緩めた。
いや――思うことにした、の方が正しいのかもしれない。




