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役目を終えたオカン系勇者の現実スローLIFEはままならない  作者: ほしのしずく


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20/41

第20話 忘れないあの日

 忘れもしない、あれはちょうど一年前。

 チィコが九つの時のことだった。

 

 牙の国(ガムラス)の掟に従い、彼女は来る日も来る日も戦い続けていた。


 チィコには元々戦いの才があった。

 同年代の子供たちが相手では、もはや勝負にすらならない。

 十四歳になるまで戦い続けるのが習わしさえ、必要ないと思えるほどに。

 だが、そこで伝統を重んじる父は、とんでもないことを考えた。

 身寄りのない孤児を集め、自ら鍛え上げて、チィコと戦わせることにしたのだ。

 こうして再び戦いの日々が始まり、チィコはその習わしを無心でこなしていた。


(なんであんなに必死だったんだろう……あれかな――)

 

 今となっては、何を思って拳を振るっていたのか、自分でもよくわからない。

 ただ、父と母、そして兄に喜んでほしかっただけなのかもしれない。

 その頃の記憶は、もうぼんやりとしか残っていない。

 

 けれど――。

 

『……っ、おい! お前ら……子供に何させてんねん!』

 

 空気を切り裂くような怒号とともに現れたその姿だけは、今でもはっきり覚えていた。

 

 御伽話に描かれた勇者そのものだった。

 白銀の鎧に身を包み、光の加護を刻まれたバスターソードを背負った勇者。

 

 チィコは今でも、その背中を忘れられない。

 鬼のような顔で、おかしな慣習を真正面から否定した姿。

 飛びかかってくる父や母、兄、そして国中の強い獣人たちを、たった一人で、魔法すら使わずに打ち倒した姿。

 

 それでいて、命を奪うことなく、倒れた者たちに回復魔法を施した姿。

 

 そのおかげで、父も母も兄も、ガムラスで幅を利かせていた大人たちも、トールの言葉を受け入れた。

 

 チィコたちを苦しめていた古い慣習は、そこでようやく終わったのだ。


(えへへ♪ あの時のトールかっこよかったな〜!)

 

 もちろん、後からガムラスを訪れたカルファとドンテツも優しかった。

 

 チィコが見てきた大人たちとは、まるで違っていた。

 訓練用の道具のように扱われていた子供たちまで、救い出してくれたのだから。

 

 その後、トールは「安心できる場所で幸せに暮らしている」と言っていたが、まさかその場所がこの世界だったなんて、思いもしなかった。

 

「な? ここやったら、らしくいれるやろ?」

 

 優しい大きな手が、頭を撫でる。

 

「ゔん……」

 

 本当は、人族の子供のように遊んでみたかった。

 ドワーフの子供のように道具を作ってみたかった。

 エルフの子供のように、森を自由に駆け回ってみたかった。

 本当は、世界を救うために戦うことなんてどうでもよかった。

 トールやカルファ、ドンテツと一緒に旅ができれば、それでよかったのだ。

 

 この世界に来たのも、いろいろ理由は口にしていたけれど、本当はただ、みんなと一緒にいたかっただけだった。

 

 それだけで充分だった。

 それだけ叶えばいいと、チィコは本気で思っていた。

 なのに、トールはその先のことまで考えてくれていたのである。

 

「ありがとう……トール。ボクなんかに、いっつも優しくしてくれて」

 

「お礼なんか言わんでええ。子供は夢見て過ごせばええねん。な?」


(夢……わかんない。でも――)


 無下にしたくない。

 自分に向けられたこの優しさを。

 チィコはそう思って、心に決めた。

 

「……学校。ボク、学校に通う……通いたい」

 

「そうか……まあ、通ってみて無理やなーと思ったら、やめてもええからな。学校は無理に来るところやなくて、自分の可能性を見つけるところやから」

 

「わかった!」

 

 こうして、チィコは学校に通うことになった。

 

 

 ☆☆☆

 


 チィコが学校に通い始めて、数週間の月日が流れた。

 

 学校へ通う日々は、とても新鮮だった。

 

 朝、トールの作ったご飯をみんなで食べてから、学生服という、少しだけ兵士の制服に似た服へ着替えて学校へ向かう。

 

 本来なら、地域ごとに班というものがあり、その近くに住む子供たちが集まって一緒に登下校するらしい。

 

 だが、チィコのいるクラスの子供たちは全員、トールの育った施設の出身だった。

 

 だから、その決まりはなかった。


(みんなと通いたいとか思ったけど――)

 

 事情を聞いた時は少し残念に思った。


 が、チィコは今ではむしろ良かったとさえ思っていた。 

 なぜなら――トールに送ってもらえるからだ。

 

「もう出るでー! あ、そや、ちゃんとヘルメット被ったかー?」

 

 マンションの出入口から見て右手にある駐輪場。

 そこには、自転車や、車と同じ動力で走るバイクが並んでいた。 

 トールはその横で、降りてきたチィコに手を振っている。

 

「うん! 被ってるよー!」

 

「ちょい見せてみ」

 

 近くまで来たチィコの頭を確認し、トールは満足そうに頷いた。

 

「よし、大丈夫やな。ちゃんと留め具も締めれてる」

 

「当然だよ! トールが、これを締めないとダメだって言ってたんだから」

 

「そうかそうか、ちゃんと話聞いてて偉いなー、チィコは」

 

 トールがヘルメットを整えると同時に、エンジンが唸る。

 チィコは、それを確認すると、後部座席に飛び乗った。


「よし、ほな行くか!」


「うん!」

 

 チィコの返事に、手を挙げて返すトールはアクセルを捻り、バイクは走り出す。


(バイク好きなんだけど……この独特な感覚が苦手なんだよね……)

 

 独特な感覚――お腹にズシッとのしかかる、素早い動きをした時のような違和感。 

 そして小刻みに震える振動には、まだ慣れない。


(なんだかゾワゾワするし、ガソリンという燃料の匂いも気になるんだよねー)

 

 それでも、チィコはトールにつかまりながら風を感じられるのが、とても嬉しかった。

 


 ☆☆☆

 

 

「これってバイクって言うんだっけ? かなり速いよねー!」

 

 整備された道を駆け抜けていく中、チィコはトールにしがみついている。

 自分で走るのとはまた違う感覚だった。

 

 ヘルメットの隙間から覗く景色は、いつもよりずっと速く流れていく。


 まるで景色の一場面だけを切り抜いて、次々に差し替えていくようだった。

 絵というより、この世界で言う“写真”に近い。 

 

「なんか自分で走ってないのにさ! この道路って道を走ってる感じがするねー!」

 

 そう、不思議な疾走感があるのだ。

 人族の姿で暮らしていても、魔法で変えた毛並みを風が撫でるたび、チィコは自分が獣人族だったことを思い出して、


(走るってやっぱりいいな〜!)


 ニコニコ、すっかりご機嫌だ。

 

「せやなー! ここはまだ道狭い方やけど、田舎の方に行くと車もバイクも少なくて、もっと気持ちええでー!」


「そうなんだー! この世界の田舎にも行ってみたいかも〜!」


(でも、この道路ってややこしいんだよね……色んなルールがあって――)


 ふと、登校する前に、トールから教えてもらったことが浮かんだ。

 

 この道は“道路”と呼ばれ、バイクや車という鉄の塊が走るための場所。

 

 緑、黄、赤に光る機械を見て進むか止まるかを判断し、案内板のようなものも頼りに目的地へ向かう。

 

 それがこの世界の当たり前で、歩くにしてもいろいろな決まりがあるのだという。


(まぁ、普通に生活していれば、覚えられるってトールが言ってたから、大丈夫だと思うけど)

 

 一瞬、不満になったが、トールの言葉に救われたチィコである。

 

「なんて言うか、馬に似てるかもー!」

 

「おお、そうや! 馬や! でも馬より小回りも利くし、僕的には一番好きな乗り物かも――って、もう着くな」

 

 トールは学校の前でバイクを止めると、チィコを抱き上げて地面に降ろして、ジャケットの内ポケットからスマホ取り出し、時間を確認。


「よし、時間も問題なしやな!」


「送ってくれて、ありがとうトール!」


「おう! ほな、頑張るんやで?」


「はーい」


「ええ返事や!」


 ぽんぽんと、チィコの頭を撫でると手を振り、バイクを唸らせると、そのまま来た道を走り去っていった。 

 

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