第14話 初めてのお出かけ
ある日の休日。
知識欲の化身――勇者パーティのブレーンであり、エルフ族の王女カルファは、先日知り合ったコンビニエンスストア【フォムリーマート】の店員、沢下舞香と共に、近隣の探索を行う約束をしていた。
未知を求めるには、これ以上ない機会であった。
待ち合わせ場所は、トールのマンションから最寄りの駅前。
「……少し早く来すぎたかもしれませんね」
カルファは、腕時計をチラリと確認する。
時刻は、九時五十五分。
待ち合わせ時間は、十時ピッタリ。
カルファは念のため、集合時間の二十分前に到着していた。
(それにしても、この世界は不思議ですよね)
カルファは、この世界と自分たちの世界の違いに強い関心を抱き、独自に調べを進めていた。
結果、自分たちの世界には存在しない“科学”という技術によって、電車と呼ばれる鉄の箱が動いていることや、油を燃やして動力とする車という乗り物も存在することを知った。
けれど、それだけでは理解できず、トールにこの世界のことを聞いたのである。
(車は、馬車に近くて、電車はそれをさらに大規模にしたものという感じなんですよね……それがまさか雷魔法に類する力を利用して動いているなんて――)
理屈としては理解できる。
それを魔法なしで再現している点が興味深い。
一体、どうなっているのだろう。
想像しただけで、カルファの心は躍る。
だが、まだまだ興味は尽きない。
(その上、資格と規則を設けているんですよね!)
車に関しては乗る者を精査し、規則を理解した者だけが道路を走ることが許されている。
さらに、電車に至っては分刻みで運行が管理され、膨大な人数が日々利用していて――。
(まさか人族がここまでの文化を有するとは――)
カルファは、魔法を持たぬ世界ゆえに劣っていると考えていた。
が、少なくともある科学という分野においては、自分たちの世界を明らかに凌駕している。
人族という種は、実に興味深い。
それでいて、トールのような特異な存在もいる。
さらには、自らを“ひーちゃん”と名乗る謎の人物もいた。
やはり、この世界は面白い。
まだ、何かを成したわけではない。
けれど、その胸には充実感のようなものが溢れていた。
すると、向かい側から、手を振る女性が近づいてきた。
「お待たせしましたー! って、ふぁぁぁあ! カルファさん、やっぱりめちゃ綺麗ですね! 絵画、絵画みたいですよ!」
「絵画、ですか。ふふっ。ちゃんとここに実在していますよ? 舞香さんは面白いですね」
(感性は、どうやらどの世界でも大きくは変わらないらしいですね!)
カルファの世界でも、エルフを見た人族は決まって“絵のようだ”と口にする。
もっとも、耳は魔法で隠しているが。
「カルファさんって、トールさんたちと一緒の時と印象が違いますよね!」
「そうでしょうか。特に意識したことはありませんが……」
「違いますよ! なんか知的なお姉さんって感じです!」
「お姉さん、ですか。ありがとうございます」
齢二百五十を超える身としては、むしろ妥当な評価だろう。
そう思いながら、カルファは小さく笑みをこぼした。
舞香はスマートフォンの画面を差し出す。
「じゃあ、どこから行きます? ちゃんとリサーチしてきましたよ! エルフさんなら、図書館とか本屋さんとかどうですか?」
「図書館……本屋……つまり、本が読めるのですか?」
「はい? もちろんですよ!」
その一言で、胸の奥に強い高揚が走った。
(異世界……日本の叡智が詰まった本!)
文化、歴史、発展の軌跡。
それらが記された“本”が、一般の人間にも開かれているという事実。
カルファの住まう世界では、ありえないことだった。
本は、なによりも貴重。
エルフならともかく、人族の間では流通することは少なく、そのほぼ全てが貴族や王族といった特権階級出身の者に、流れていたのだ。
「やはり、この世界に来て正解でした……! ぜひ行きましょう。図書館と本屋へ!」
「わ、わかりました! 行きましょう!」
舞香はやや戸惑いながらも笑顔を見せ、カルファの手を引いた。
☆☆☆
「……これほど人がいるとは」
見渡す限り、人、人、人。
ホームには、カルファの想像以上の人々が集まっていた。
身分も、性別も、年齢も関係ない。
この光景は、相応の治安がなければ成立しない。
「この国は、治安が良いのですね」
「はい! たぶん世界でもトップクラスだと思います!」
「なるほど……非常に興味深いです。色々と学ばせていただきます」
「学ぶ……? 魔法も使えるのにですか?」
「ええ。どうすれば、ここまで安定した治安が維持できるのかが気になりまして」
カルファの故郷、トワルフの森は治安こそ良いが、長命ゆえに閉鎖的だった。
その閉鎖性が、やがて他種族への優越思想を生み、争いの火種となった。
魔法の優位性がある以上、それを当然とする意識は避けがたい。
もちろん、かつての自分も例外ではなかった。
トールと出会わなければ、他種族を見下したままだっただろう。
(恐ろしい話ですね……本当に)
「へぇー……なんか意外です。魔法があれば全部解決って思ってました」
「そうできれば理想なのですが……現実はそう単純ではありませんね」
「ぐぬぬ……気になります!」
「でしたら、電車を待つ間にでもお話ししましょうか」
「いいんですか!? ぜひお願いします!」
「ええ、では――」
カルファは、トワルフの森での日々と、この世界で感じた驚きを語ることにした。




