霞ラボ
7月、夏休み前のとある放課後、俺達は市立病院の車で移動していた。
運転席は病院の人、助手席に久我山、後部席右手にクラス担任、真ん中に眼鏡クラス委員の女子、左手に俺。
「はぁ」
おそらく無自覚にため息をつく担任。オイ、大人だろ? 自制心っ。
「フーッ、フーッ、クラス委員として、久我山さんは友達っ、友達友達友達っっ」
頭から湯気が出そうなクラス委員眼鏡! お前は落ち着け・・
当の久我山は、この車内以外では見たことない高そうな国産ワイヤレスヘッドホンを付けて何か聴きながら(ピアノか?)大人しく座っていた。
右手にはジェリーフィッシュ症を抑制するらしい腕輪を付けてる。
結構ゴツいヤツで一昔前のスマートバンドって感じ。これも学校では付けてるの見たことなかった。
浮かずにシートに座り、脱力したようにして黙っている久我山は別人みたいだった。
因みに運転してる病院の人は防弾ベストを着込み、法律的にはラバー弾を装填してるはずの拳銃を携帯している。
絶対病院の職員じゃない・・
か~な~り、楽しくなさそうなドライブだ。
日本ではジェリーフィッシュ症患者の内、症状が深刻化していない者は月に数回程度、『上位次元観測施設』での研究協力の義務があった。
諸々税金を使う事への弁明や国家間競争もあるようだ。
久我山には『仕事』があり、密室主義批判や陰謀論への対策の一環として、研究には定期的に『同伴者』が求められた。
今回は、『学校担当者』『学級責任者』『学友代表』がチョイスされたワケだ。
学友代表に関しては一言文句を言いたいところだが、車内ですっかり内気な様子の久我山を見たら何も言えなかった。
転入から数ヶ月、久我山は同伴者を付けるのを断り続けていたという話も聞いた。
「・・・」
いつもの保冷袋には電子煙草の他、保冷剤とコーラを1本持ってきていた。渡すタイミングがあるかどうかはわからない。
今はただ運ばれるだけだ。
市内の上位次元観測施設、『霞ラボ』に着いた。
「天文台みたいですね」
担任が呟いたが確かに。ただドーム型の設備の周辺建屋は広く塀も高く厚く、どっちかというと『刑務所風』。
「ようこそ。上位次元観測所、霞ラボへ。こちらです」
白衣を着た職員が案内を始めた。
まずは土器等の古物が展示されたコーナーで、かつてジェリーフィッシュ症の人々がシャーマン的な扱いだったことを解説。
まぁ大体学校の歴史の授業でもざっとは習うけどさ。
続いて海外では特に長く迫害の酷い地域が少なくなかった事等を国内例を含め解説。
展示や映像が結構エグく、クラス委員眼鏡が青い顔をしてた。
近世になってくると国内でも海外でも諜報員としての活用が増えだし、戦前戦中と各国で管理が厳格化。
戦後、上位次元の存在が立証されると、一転、上位次元観測ブームとなり、ある程度自由な身分が保障されプロパガンダ要員として重用が始まり、『歌姫』や『手品師』としてメディアで活躍。
そして冷戦末期。観測研究の過当競争の挙げ句、大国で相次ぎ『現行次元侵食災害』が発生! 広大な地域が未だ『次元未分化地帯』として侵入不能になっている・・
現代は研究は抑制されある程度共有されるようになり、ジェリーフィッシュ症患者の人権、及び『治療』も本格的に保障されるようになっていた。
「苦労したんだな、久我山。1本やろう」
俺はここぞとばかりにコーラを保冷袋から取り出し、ヘッドホンを取って退屈そうにしていた久我山に渡してやった。
「別に血統で発症してないし、私が何万年も生きてるワケじゃないから」
うんざり顔ながら、コーラは飲む久我山。
「では、先生は最新の進路と国外事情。委員長さんは治療法と専用機器類の紹介を。瑞季さんは『お友達』と一緒に今日の分の観測に当たって下さい」
白衣の職員が事務的にそう伝えてくると、久我山はコーラを飲み干し、小さく「こふっ」と、げっぷを押し殺した。
「じゃ、よろしく。お友達の岡倉君」
若干ヤケクソ気味だ。嫌な予感、したぜ。




