海月の世界
6月、住宅街の方の塾に行く田中と別れ、俺は駅近くの予備校を目指し傘を片手にゆるゆる歩きだした。
講義は夕方からだ。まぁ自習室だな・・
「岡倉君」
「うおっ?!」
突然、真横に浮いて久我山瑞季が姿を表した!
「久我山さんさ、能力で悪さするのは法律違反だぞ?」
「名前呼んだだけじゃん、岡倉洋夢君」
・・厄介。久我山は傘ではなく合羽を着ていた。浮いてると傘じゃ濡れるし、風を受けると飛んじまうから、とか?
「久我山さんは、こんなとこで何してんだ?」
普段はケアを担当している市立病院の車で送迎されていた。
何なら病院の特別室で暮らしてるらしい。
「そこ」
久我山が指差したのはすぐ側の貸ビルの3階で、ピアノ教室が入っていた。
「・・趣味、ハイソだな」
別にいいと思うのだが、さっきビックリさせられたからちとトゲがある。俺は基本、器小さい。
「いいでしょ?『物に触る』リハビリになるし」
ぐっ。真面目な理由だった!
「・・そういう感じで言ったら何も言えないだろ? そこは『ピアノ超好き』とか打ち返してこいよ?」
俺の屁理屈に、久我山は何やら悪い顔をした。台所で煮干しを盗んだ猫、みたいな。
「岡倉君、面倒臭っ、浮かしちゃお!!」
「ちょっ?!」
久我山が両肩を掴んできた。身体がっ、浮き上がる! 俺達はあっという間に上昇してゆくっ。
「オイっ? 久我山!」
「ふふ」
貸ビルの上まで飛び上がり、そこで俺が持っている傘が風を受け、俺達は巻き上げられるように雨の中、上空に吹っ飛ばされた!
「おぉ~~いっ?!!」
「あはははっ、傘畳んで! 岡倉君!!」
俺は風と雨に四苦八苦して傘を畳んだ。途端に、浮遊は安定し、久我山は俺の腕を取り直した。
下ではたまたま高台をお揃いの合羽を着せた犬の散歩をしていた年寄りが俺達に気付いてギョッとしたりしている。
「目立つね、姿を薄くしよう?」
「死ぬってっっ」
久我山はあくまで降ろさず、代わりに自分と俺の身体を薄くした。
「っ?」
奇妙な感覚。ただ透けるだけじゃない。何だろう? 周囲と自分の区別が曖昧な気がした。
「これが『海月の世界』だよ、岡倉君。留まれず、区別がつかず」
ゆっくりと滑空した俺達はマンションの給水タンクに直撃し、通り抜けていった。
「触れない」
透けた久我山はもう笑ってなかった。今は俺と久我山の区別もつき難かったが、腹は立ってきた。
透けた久我山の頬を透けた俺の片手でムニュっと掴んでやった。
「しっかりしろ、久我山瑞季。『可哀想なヤツ』として扱うぞ?」
「・・厳ひぃにゃあ」
半端に透けたり当たったりする雨のせいで泣いて笑ってるみたいだった久我山は、すっかり体勢を整え直すと店は潰れたけど自販機だけは維持してる煙草屋のビニールの屋根の下に着地した。
『水滴だけ』透過させて地面に落とし、腕を離すと自販機に向き直った。
「コーラが売ってるよ? 岡倉君」
俺はまたコーラを久我山に奢ってやり、人気が無いので久我山が飲み終わるまで無煙電子煙草を吸っていた。
「というかここ、何処だよ?」
「市内ではあるね!」
今日は予備校サボりだな・・




