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好奇心は猫をも殺す ~秘密を抱えた箱入り令嬢は、うっかり第二王子に拐われる~  作者: タイガーアイ


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猫に変態する


 その後は最新のモードや話題の宮廷画家など、当たり障りのない会話をひとしきり楽しんだ二人だったが、一杯目の紅茶をミルフィが飲み終えたところで、マリアーナ公妃がやや表情を改めてミルフィの方を見つめてきた。


「実は今日、ここに貴女を呼んだのには理由があるの」


 え、と驚いてミルフィはマリアーナ公妃を見つめた。

 思いの外お喋りが楽しかったから、自分が何のために招かれたのかという疑問をすっかり忘れていた。

 けれどよくよく考えれば、王族であるマリアーナ公妃が理由もなしにミルフィを邸宅に招く筈がない。


 そう言えば猫姿でお会いした時、ミルフィは期せずしてマリアーナ公妃の本音を聞いてしまった事に気が付いた。

 マリアーナ公妃はご自身の結婚生活に終止符を打つ事を望んでいて、できるだけ有利な形で離縁を進めたいと願っている。

 そのためにはレジナルド公との駆け引きが必要で、ミルフィに余計な事を喋られては困るのだ。


「り、理由ですか……」

 震える声で尋ねるミルフィに、

「ええ。貴女も薄々気付いてるのでしょう?」

 マリアーナ妃はにっこりと笑った。


 私は何も喋りません! そう言おうとしたが、何故か喉が張り付いて言葉が出なかった。

 あの場で知り得た事について決して口外しないとこの場で誓ったとしても、マリアーナ公妃は簡単にミルフィの言葉を信じてはくれないだろう。


「わ、私はどうしたら……」


 ミルフィは、膝の上で組んだ手をぎゅっと握り締めた。

 今更ながらに、冷たい汗が背中を滑り落ちた。  


「わかっていてもったいぶるなんて悪い子ね」

 マリアーナ妃は美しい眉宇を潜め、小さく溜め息を吐いた。


 ミルフィは蛇に睨まれた蛙のように身動き一つできない。いや、この場合はトラに睨まれた猫と言うべきだろうか。


 そんなミルフィに向かって、マリアーナ公妃は高らかに命じた。

「匂いで貴女の正体がわかったって言ったでしょう? さあ、今すぐここで猫に変態してちょうだい!」


 ミルフィはぽかんと口を開けた。

 あまりに予想外の言葉で俄には反応できず、「ネコニヘンタイ……」と呆然と繰り返したミルフィは、ややああって、「猫に、ですか……」とようやく言葉を絞り出した。


「ええ。猫のミリィの愛らしさがずっと忘れられなかったの。

 何とか口実を設けてまた会わせてもらうつもりでいたら、レオーネ殿下がミリィをバウアーパークに連れて行ってうっかり逃がしちゃったと言うじゃない?

 それを聞いた時は、目の前が真っ暗になってしまったわ。

 思わず床に四つん這いになって、項垂れてしまったほどよ」


「さ、左様でしたか」


 色気満載のこのお方がそんな姿で落ち込む姿など想像もつかない……と心に呟いたミルフィだったが、もしかしてトラ姿で不貞腐れ、横座りしていただけかもしれないと思い直した。


「リードも付けずにパークに連れて行くなどなんて何て軽はずみな事をなさったのかしらと腹を立てていたけれど、そもそも前提が違っていたのね。

 要はパークで行方不明になったという形をとって、貴女をタウジ家に返したのでしょう」


「はあ」


 肯定はしたくはないが、どのみちマリアーナ妃にミルフィの正体はばれているのだ。

 ここでしらばっくれても仕方がないと思い、ミルフィは正直に話す事にした。


「実はレオーネ殿下は、猫のミリィが私である事はご存じなく、タウジ家の飼い猫だと信じておられます」

「そうなの? まあ、そうよね。トラではなく猫に変態する獣人がいるなんて普通は考えないもの」


 マリアーナ公妃はあっさりとそう言い、それよりも……というように大きな胸の前で手を握り合わせた。


「さあ、早く変態してちょうだい。小動物をもふもふするのが、ずっと私の夢だったの。 

 小さな猫になるのだから、ドレスのままでも大丈夫でしょう?」


「できない事はありませんが」

 ミルフィは困ったように口を開いた。

「猫から人型に戻った時に真っ裸になってしまいます。せめて衝立か何かを用意して……」


 いただけませんか? と続けようとしてミルフィは口を閉ざした。

 マリアーナ公妃が意味ありげにミルフィの後方に視線を向けたからだ。


 そこには人の高さくらいある衝立が半分折り畳まれた形で置かれていた。

 そうやらマリアーナ妃は、準備万端でミルフィをこの応接間に招いたらしい。


 マリアーナ公妃が卓上にあったベルを鳴らすと、扉から一人のメイドが入ってきた。


 前髪を中心から分け、きっちりと結い上げた栗色の髪にホワイトブリムをつけた二十代半ばの女性だ。

 目鼻立ちがすっきりと整っていて、ふと視線を縫い留められるような華やぎがあった。


「アン。そちらの隅に衝立を広げてもらえるかしら?

 今からこちらの令嬢がそこで変態するから、脱いだ衣裳を畳んでおいてちょうだい」


「畏まりました」


 え。このメイドの前で変態するの?

 ミルフィはたじろいだ。


 自分が猫に変態する事は、タウジ家だって家令のランツィとミルフィ付きの侍女ヒルダくらいしか知らない。

 初めて会ったばかりの小間使いの前で秘密を晒すのは……とミルフィが躊躇っていると、

「アンほど信頼できる子はいないわ」

 マリアーナ公妃が重々しく断言した。


「貴女の秘密が外に漏れる事は絶対にないと約束するわ。

 どうか私を信じてちょうだい」





 ミルフィはアンに案内されて衝立の奥に行き、そこで変態した。

 パサリとドレスが体から落ちていき、大きく開いた襟元からミルフィは「みゃおん」と顔を出す。

 そこから颯爽と歩きだそうとしたら、身に着けていた金のネックレスが体に引っ掛かっていて、ミルフィはぼてんと床に転がった。

 何とかネックレスを外そうと必死になって格闘していたら、それに気付いたアンが落ち着いた手つきでネックレスを外してくれた。


「ああああ、ミリィ!」


 衝立から顔を出した真っ白な白猫を見て、マリアーナ公妃は歓喜した。

 ふっくらとした白い胸元にミルフィを抱き上げ、すりすりと顔を寄せて体中を撫で回す。

 顔も耳も首の後ろも腹毛も背中も全部もみくちゃにされ、まるで暴風の直中に投げ込まれたような感じだった。


 おおう!

 ミルフィは助けを求めるようにアンの方を見たが、アンはちょっと呆れたような生温かい目で主を見つめているだけだ。


 そうして好きなだけミルフィを撫で回したマリアーナ公妃は、今度はミルフィの腹に顔を埋めた。

 どうもミルフィの匂いがツボのようで、しつこくくんくんと嗅ぎ始める。


 いつまでこの苦行が続くのだろう。

 ミルフィが死んだ目でひたすら仰向けに転がっていると、アンがようやく主に声を掛けてきた。


「奥様。何事にも程というものがございます。

 ミリィ様がズタボロになっておいででございますよ」


「あら」

 初めて気付いたように、マリアーナ公妃が腕に抱き上げていたミルフィを見下ろした。

「喜びが爆発しちゃって、つい我を忘れてしまったわ」


 マリアーナ公妃がようやく手を放してくれたので、ミルフィはソファーに飛び降りて、そこでせっせと毛繕いを始めた。

 右の前足を嘗め、次に左足を、それからぐるりと首を回して背中の方の毛も嘗める。


「ああ! 見ているだけで癒されるわ」


 マリアーナ公妃がやたらはしゃいでおられるが、ミルフィはもう相手をする気にもなれない。

 ただ、過剰なスキンシップからミルフィを解放してくれたアンに対しては、「みょん」と一声お礼を言っておいた。


 一通り毛づくろいが終わったミルフィを、マリアーナ公妃が膝の上に抱き上げる。

 ミルフィは逆らわず、マリアーナ公妃が撫でるに任せた。


「アンは私がレジナルド公に嫁ぐ時に、実家から連れてきたメイドなの。

 ドルーソン侯爵家は自由な家風で、私が子どもの頃は下働きの子ども達と一緒に庭を駆け回ったりもしていたものよ。

 小さい頃から見知っていたし、ちょうど連れて行く予定の庭師と恋仲になったと耳にしたから、アンに一緒に来てもらったの」


「なおん(そうだったんですね)」

「折を見て恋人と結婚させるつもりでいたけれど、まさか夫がアンに目をつけて手を出すだなんて思いもしなかったわ」


「うにょ(何ですと)!」

 ミルフィは仰天して顔を上げた。


「元々女性に節操のない方だったし、平民ならどう扱っていいと思ったのかもしれないわね。

 夫はすっかりアンの事を気に入って、閨を共にしたその日から毎日のようにアンを寝所に呼ぶようになったの。

 妊娠がわかったのは、それからすぐの事だったわ」


 え。レジナルド公は貴族の愛人との間に子を作ったと聞いていたけれど、他にも庶子がいたの? とミルフィは驚いてマリアーナ公妃を見た。


「アンは私に申し訳ないと言ってずっと泣いていたけれど、王族から言い寄られて拒絶できるような使用人はいないわ。

 ただ、月が満ちて生まれた子どもは獣人ではなくて、それを知った夫はアンに失望してそのまま放逐しようとしたの。

 だからアンが追い出される前に、私が別荘に保護したわ。

 本当はアンの実家に帰らせようとしたのだけれど、主の夫を寝取ったような形になってしまったから、実家は外聞が悪いと思ったみたい。

 アンの引き取りを拒んできたの」


「公妃様には心から感謝しております」

 アンが静かに言葉を挟んだ。

 普通は主と客人の会話にメイドが口を挟んでくるなどあり得ない事だが、マリアーナ妃はアンの非礼を当たり前のように許しており、ミルフィも何も言わなかった。


「お心を傷つける形になった私を許して下さったばかりか、手を差し伸べて下さいました。

 住まいも生活費も支援していただけましたから、乳飲み子を抱えた私は何とか暮らしていく事ができたのです」


 夫の愛人となったメイドを責め立てる代わりに恩を施したのだと、ミルフィは改めてマリアーナ公妃の心の広さに感じ入った。


 確かに見初められた平民の方に罪はないだろう。

 王族を拒むなど立場上不可能だし、恋人がいたというなら猶更、身を汚されたくはなかった筈だ。

 けれど頭ではそうわかっていても、夫が関係を持った女性に手を差し伸べられるかと問われるとなかなか難しいところだ。

 見捨てられて路頭に迷うメイドを見ても、素知らぬ振りを続ける女主人の方が多いのではないだろうか。


「アンを居殿から逃がして、いい事も一つあったのよ」

 マリアーナ公妃がいたずらっぽい口調でそう言った。

「元々アンと結婚させる予定だった庭師が、血相を変えてアンの行方を捜し始めたの。アンが愛人にされた後も、ずっと思い切れずにアンに心を寄せていたみたい。

 アンの居場所を教えてやったらその場で職を辞して、すぐに後を追って行ったわ」


 ミルフィが驚いてアンの顔を見ると、アンは気恥ずかしそうに微笑んだ。

 どうやらその庭師とは、今もうまくやっているらしい。


「私がこちらの別邸を買ってすぐ、アン夫婦を呼び寄せたわ。

 二人にはあれから二人子も生まれて、今は家族五人でここに暮らしているのよ。

 上の子は今年で七つになるのだけれど、目鼻立ちが庭師にそっくりなの」


 え。一番上の子って、レジナルド公がお手を付けて生まれた子よね?

 ミルフィは混乱した目でマリアーナ公妃を見上げた。


「当時、アンは庭師と恋人だったと言ったでしょう?

 生まれた日から逆算してみたら、夫の種ではないとわかったの。

 でも、夫に言う気はないわ。平民を孕ませたと他所で自慢していたようだから、わざわざ勘違いを正してあげる必要もないし」


「みゃん!(それもそうですね)」 


「私が思いますに、子をなす能力がないのはレジナルド公の方だと思いますわ」


 アンが淡々と言葉を挟む。

 語調に微かな侮蔑を感じるのは、ミルフィの気のせいではないだろう。


「その証拠に、あれからあちらこちらで種をまかれても、一向におめでたい話題を聞きませんでしたもの」


 でも、レジナルド公は確か愛人に迎えた下級貴族の娘との間に子をもうけていた筈よと、ミルフィは首を傾げた。

 獣人の男の子であったためレジナルド公は狂喜乱舞し、その結果、レドルス法の復活を思いついたという流れではなかっただろうか。


「ねえ、ミリィ。先日夫に生まれたという子は、本当にレジナルド公の血筋なのかしらね」

 まるでミルフィの心を読んだように、マリアーナ公妃が楽しそうにそう言った。


いつも楽しい感想をありがとうございます。楽しく読ませていただいています。この日からちょっとばたばたするので、返信が遅くなるかもしれません。

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― 新着の感想 ―
こうして猫は事情通になっていくのだった。
これマリアーナ様がバウアーパークいても拐われてたな…笑 今もある意味ドナドナドナドナ…wwww あと普通に愛人の子供はお前の子供じゃねえよ???ウケケケケってやってるところも最高ですwww
にゃんですとーーーーーーーーΣ( ̄□ ̄|||)
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