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好奇心は猫をも殺す ~秘密を抱えた箱入り令嬢は、うっかり第二王子に拐われる~  作者: タイガーアイ


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心躍るひと時


 甘く柔らかなその声音を聞き違えよう筈もない。

 王宮で暮らしていた十日余り、ミルフィは毎日この声を聞いていたのだ。


 よくよく見ると、薄茶色の髪から見え隠れしているやや肉厚な耳も、袖口から覗く手首から指にかけてのラインも、見慣れたレオーネのものだった。


 弾けるような嬉しさが心の底から湧き上がり、ミルフィは動揺を抑えようと喉元にそっと手を当てた。


「どうして私に声を掛けて下さったのですか?」


 壁際で休んでいる令嬢は自分以外にもたくさんいる。

 レオーネは均整の取れたすらりとした体格をしていて、身のこなしも優美だ。

 グラスを片手に男性達を物色しているご婦人方もレオーネの姿を目で追っていて、声を掛けられるのを待っている風情が窺えた。


 そんな中、何故レオーネがなぜわざわざ自分に声を掛けてきたのかミルフィにはわからない。

 胸だって明らかに小さいし……、とミルフィはいじけて心の中で呟いた。


「誘っては駄目なの?」

「いえ。そのような事は」とミルフィは慌てて否定した。そんな誤解をされては堪らない。


「ただ、不思議に感じたので。

 近くには私よりも魅力的な女性がたくさんいらっしゃいますから」


「確かにここは艶やかで美しい花に満ちているね。

 ただ、何と言うか……、露出の激しい女性は余り好みでない」


 ああ、なるほどとミルフィは思った。

 お色気全開の妖艶な美女タイプは、確かにレオーネの好みではないだろう。


 溢れんばかりの乳房をこれ見よがしに揺らす熟女を避け、ささやかな胸を持つミルフィを敢えて選んだ気持ちはわからなくもなかったが、女性としては些か微妙な気分だった。

 つまり、消去法で選ばれたという訳ね……とミルフィは秘かに肩を落とした。


「まあ、ここは身分や出自を忘れて気軽にダンスを楽しむ場だ。

 誰がどんなドレスを身に着けていたとしても、それをとやかく言う権利は私にはない」

 露出が激しいと言い方で女性を貶めた事を恥じるように、レオーネは言葉を足した。


「こちらには一人で来られたのですか?」

 もしかして連れがいらっしゃるのではと気になったミルフィがそう尋ねると、レオーネは僅かにたじろいだ。


「連れというほどでもないが……」

 女性を伴って来られたのだとミルフィがショックを受けていると、自分の言葉が変な誤解を与えたようだとレオーネも気付いたらしい。慌てて言葉を足した。


「女性と来たのではない。そうではなく、護……、いや、知人と来たんだ」


 レオーネが目で指し示す方を見れば、一際体格のいい男性が胸の前で両腕を組み、大きな柱の陰に隠れるようにしてホール全体を眺め渡しているのが見えた。

 顔全体を覆うマスクを被っているが、逆三角形をしたそのシルエットは見間違えようがない。

 レオーネの筆頭護衛騎士であるフェルゼイだった。


「お連れ様はダンスをなさいませんの?」

 護衛の任務中であればダンスに興じるなどできないのだろうと気付いたが、馬鹿正直にそうも言えず、ミルフィは当り障りのない事を口にした。


「気が向いたらするのではないかな?」

 レオーネは軽く流し、ミルフィも何食わぬ顔で「そうですわね」と答えた。


 他愛のない会話をレオーネと楽しめる事が嬉しかった。

 猫姿の時は、どんなに望んでも叶わなかった。

 温もりを感じる事はできても、何を思っているか言葉で伝える事が全くできない。それがずっと寂しかった。


「仮面舞踏会は楽しめている?」

 レオーネにそう尋ねられ、「はい。とても」とミルフィは笑った。


「一度こちらに来てみたくて、兄にねだってようやく連れて来てもらえたんです。

 気をつけなければ恐い場所だと散々聞かされましたが、出会った方は皆紳士でした。こんなに楽しい所だと知っていれば、もっと早くに連れて来てもらえば良かった」


「私としては、君がこちらに来るのはできれば今宵限りにしてもらいたいが」

「何故ですか?」

「ここには愛らしい子猫を襲おうとする獰猛なトラが多すぎるから」


 猫という言葉にミルフィは一瞬身体を固くしたが、単なる比喩で意味なんかない筈だわと自分を落ち着けた。


「貴方は危険なトラではないのですよね?」

 猫については触れず、そんな風にはぐらかすと、「勿論だ」とレオーネは笑った。


「それで、先ほどのお返事は? 私と踊っていただけますか」

「喜んで」


 レオーネが腕を差し出してくれたので、ミルフィは肘のところに手を絡ませた。

 人が密集していない場所にレオーネが誘導してくれたので、二人はホール中央よりやや楽団寄りのところまで進み、正面から向かい合う。


 レオーネがミルフィの右手を取り、反対の手でミルフィのウエストの辺りを軽く支えた。

 その段になって初めて、ミルフィはレオーネが手袋をしていない事に気が付いた。


 王宮の舞踏会では、手袋を嵌めるのはデビュタントの女性だけだと決まっている。

 貴族達が各々の邸宅で執り行う舞踏会も同様で、普段の舞踏会で手袋をつけた人間を目にする事はまずない。

 例外が遊び要素の強いこういった仮面舞踏会で、このボールホールにも白い手袋をつけた紳士や、肘の上部まで覆うレースの手袋をつけた淑女達がちらほらと会場に見受けられた。


 ここならば手袋をしていても目立たないのに、どういう事?


 ミルフィは自分の右手を握っているレオーネの左手をちらっと見た。

 見えにくいだけで実は極薄のレースの手袋をつけているのだろうかと思ったが、指に伝わる感触はどう考えても素手である。


「どうしたの? 私の手がそんなに気になるの?」

 笑いを含んだ声でそう尋ねられ、ミルフィは慌てて顔をレオーネの方に向けた。


「いえ、手……」

 手袋をしてないんですねとストレートに言いそうになり、ミルフィは慌てて言葉を呑み込んだ。


 殿下は目いっぱい変装してこちらに来られているのだ。

 自分の正体を気付かれているなんて夢にも思っていないだろうし、その上、殿下が女性恐怖症である事は、国におけるトップシークレットの一つだ。

 このような場で、ミルフィが迂闊に口にしていい事ではない。


「て?」

 不思議そうに首を傾げるレオーネに、「あ、いえ……」とミルフィは言葉を濁した。

「て、天気が……、今日は天気がよろしいですわね」


 何の脈絡もなくいきなり天気の事を持ち出されたレオーネはちょっと面食らったようだが、紳士らしくすぐにその話題に乗ってくれた。


「そうだね。馬車から空を眺めると、冴え冴えとして美しい三日月が見えた。下の方に雲が少しだけ掛かっていたが、それもまた風情があって好ましい」


 あっ、今日は三日月だったんだ……とミルフィは心に呟いた。

 初めての仮面舞踏会に浮かれていて全く気付かなかった。


「そう言えば、三日月の事を眉月とも言うそうですね」

 ふと思い出してそう言うと、「確かに眉の形に似ているね」とレオーネは笑った。


「私や姉は若月や初月と呼んでいたよ」

「生れて間もない月ですものね。眉月より初月という言い方の方が可愛らしいわ」


 細長く円を描く三日月は色々な呼び方があるから面白い。

 弓に形が似ているから、弓月《ゆづき》と呼ばれる事もあると聞いていた。


「じゃあ、満月の事は何と呼んでいた?」

 そう問われたミルフィはちょっと考え込んだ。

「小さい時は、真ん丸お月様と言っていましたけど」


「真ん丸お月様、か。楽しい言い方だね」

 レオーネはふふっと笑った。


「貴方はどう呼んでいたのですか?」

「私は普通に、天満月《あまみつつき》と言っていたな」


「天満月、ですか?」

「ああ。空いっぱいに光り輝くという感じがするだろ?」

「空いっぱいに……」


 その情景を脳裏に思い描き、ミルフィは口を綻ばせた。

「何だかわかるような気が致します。吸い込まれそうに大きいと感じた事が確かにありますもの」


 唐突に思い出されたのは、丸い月が歪《いびつ》に欠けた青白い月だった。

 王子宮に暮らしていた時、常盤蓮華の花が咲いたから見に行こうと誘われ、ミルフィはレオーネと一緒に夜の庭園へと足を踏み出したのだ。


 煌々とした月の光が大きく葉を茂らせた木々を静かに照らし、庭園を覆う夜気はひんやりと澄んでいた。

 かすかに聞こえる水のせせらぎと、清涼な音色と相反するようにねっとりと体にまとわりつく甘い花の香。

 レオーネの懐に抱かれて夜空を見上げれば、真っ白な毬を思わせる大輪の常盤蓮華が、闇に浮かび上がるように幻想的に咲き誇っていた。


 何だか泣き出したいような感傷に囚われ、ミルフィは気持ちを切り替えるように別の話題をレオーネに振った。


「そう言えば、他の方々とはもう踊られたのですか?

 こうして踊っていても、たくさんのご婦人方が貴方の事を目で追っていらっしゃいます。

 色々な方からダンスを誘われたのではありませんか?」


 一般の舞踏会では、女性はただ壁際に立って、男性から声がかかるのを待つしかない。

 けれど、ここマゼラン劇場の仮面舞踏会は違っていた。


 このボールホールに身分や地位の上下はなく、煩わしい作法も厳格な慣習も存在しない。

 身分が上位の者から声を掛けられるのを待つ必要はないし、気に入った男性がいれば女性の方からダンスを申し込む事も可能だった。


「否定はしないけれど」と、レオーネは小さく笑った。

「確かに何人かの淑女から声を掛けられた。でも、気が乗らなくてすべて断った」


「気が乗らないのに、仮面舞踏会に来られたのですか?」

 いたずらっぽくミルフィが問うと、

「それは……」とレオーネはちょっと言い淀んだ。


「何と言うか、その……、強いて言えば、練習というか場慣れというか、そういうものだな」

「練習……、ですか」

 ミルフィは不思議そうにその言葉を繰り返した。


 ミルフィに言わせれば、レオーネのダンスは完璧だ。

 ダンスが余り上手でない男性は、腕や手だけで女性を動かそうとするが、レオーネの場合、重心を移動させる事でごく自然に女性を次のステップに誘導する。

 体の芯もぶれないから抜群の安定感はあるし、だから女性側は安心して体を預ける事ができるのだ。


 という事は、この場合の練習とはつまり、ダンスそのものではなく、ずばり、女性に慣れるためのものと考えて良いだろう。

 女性嫌いを克服するためにこんなところでちまちまと練習をなさっていただなんて……と、ミルフィは心からレオーネに同情した。


「私の思い過ごしだろうか。何だかものすごく気の毒そうな目で、君に見られている気がするのだが」

 眉根に皴を寄せたレオーネに、「気のせいですわ」とミルフィはにっこりと微笑んだ。


 そういう事であるなら、ミルフィもモルド国の臣下の一人として協力するのにやぶさかではない。

 お役に立てるよう精一杯頑張りますわねと、密かに決意を新たにした。 


誤字報告、いつもありがとうございます。というか、お手を煩わせて申し訳ありません……(汗)

最初、ミルフィの侍女をヒルダではなく、ヘザーとしていたのですが、一か所だけヒルダに変更をし忘れていました。文中にいきなり、ヘザーが登場……。申し訳ありません。先ほど変更しました。

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― 新着の感想 ―
先が気になりすぎる・・・ そして、ちゃんと自己申告通りミルフィは淑女なんですね!可愛い気ままなにゃんことのギャップにやられちゃいます!
ミルフィ、なんかイライラするにゃ
なんて鈍感な子!! ご飯3杯はいける気がします。ウマウマ そして、いつも返信くださりありがとうございます(^^) いつもとても嬉しいし楽しいです!! 昨日のメッセージは後からから送っていただいた方し…
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