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好奇心は猫をも殺す ~秘密を抱えた箱入り令嬢は、うっかり第二王子に拐われる~  作者: タイガーアイ


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王子の独り言を聞く


 あれ、でもデビュタントの令嬢相手には、毎年踊っていますよね。

 ミルフィがそんな事を考えていると、吐息混じりにレオーネが口を開いた。


「まあ、全部が全部だめって訳でもないけどな。デビュタントの令嬢相手なら何とか手が繋げるし」


 それって、年増が駄目で若い子なら大丈夫って事?

 ミルフィはドン引きし、エロじじいを見るような目でレオーネを見つめたが、どうやらそういう意味ではなかったようだ。


「デビュタントの令嬢は手袋をつける決まりになっているからな。

 そういうルールを作ったご先祖には感謝しかない。

 私のような女嫌いがいたのかな」


 いや、それはないだろうとミルフィは心の中で突っ込んだ。

 手袋をつけるようになった理由は知らないが、女性と素手では触りたくないという失礼な理由でこの規則が作られたとは思いたくない。


 それにしても、氷の貴公子と騒がれていたこの王子様が、女性と直接触れ合う事もできないほどの女性嫌悪症を患っているなんて……と、ミルフィは思わず深い溜め息をついた。


 この王子様の事は、デビュタント前から話によく聞いていた。

 冴え冴えとした月のように清冽で、侵しがたい気品を纏った孤高の王子様。

 そう言えば、第二王子は舞踏会で自分から女性をダンスに誘う事はないと兄から聞いていた事を、ミルフィは今更になって思い出した。


 因みにダンス嫌い(らしい)のレオーネ王子がデュタントのダンス相手を務めるのは、それがモルド国の決まりになっているからだ。

 令嬢らにとっては王族と踊る事が社交デビューのあかしとなっていて、現在は二人の王子殿下の他に、国王の従兄弟君に当たるシャルトーレ公とレジナルド公、そしてシャルトーレ公の長子ブルーノ殿下がその役割を分担していた。


 どの令嬢がどの王族とファーストダンスを踊るかは王家が適当に振り分ける訳だが、デビュタントのダンスの相手が第二王子だと知らされた時、ミルフィは純粋に嬉しかった。

 だって、第二王子にはまだ決まった相手がいない。

 恋に恋するお年頃のミルフィはちょっぴりロマンスを期待しながら舞踏会場へと足を踏み入れ、結果、淡いときめきは無残に踏み躙られた。


 まあ、王子も王子なりに必死だったんだろうなと、話を聞いた今ならわかる。

 ミルフィと同じように、王子様に見初められるという夢物語に胸を膨らませていた令嬢は多かった筈で、しかも獣人の令嬢は基本、肉食系だ。

 お目当ての王子に積極的に体を寄せ、媚びるように甘く体をくねらせて、色仕掛けで王子を落とそうとした事は想像に難くない。

 

 素手で女性に触れられないくらい女性嫌悪症が強いのに、それをやられちゃったら王子だって堪らないよねとミルフィは心からこの王子に同情した。


 あの日、デビュタント達のダンスがすべて終わった後、レオーネ王子の周りには女性が群がっていた。

 ダンスの時に塩対応されたミルフィはすっかりしょげ込んでいたが、トラ獣人の女性達は猫のミルフィに比べ、メンタルがかなり強いようだ。


 まあ、きゃあきゃあ騒ぎたくなる気持ちもわからないでもないけど……とミルフィは心に呟いた。

 何といってもこの王子様は、無駄に顔がよろしいのだ。

 涼やかな瞳にすっと通った鼻梁、形のいい耳や唇。それらが完璧に配置されて、何とも言えない色気が漂っている。


 女嫌いなんだから、もうちょっと不細工に生まれついたら良かったのにねにとミルフィは心の中で王子に話しかけた。

 そもそも十二歳で女官に襲われたのも、この王子様が美しすぎたせいだろう。

 きれいに生まれついたばかりに変態行為の被害に遭い、普通に女好きなのに(本人談)、女性に素手で触る事もできない。


 ミルフィの一世一代のデビュタントを台無しにしやがった王子様だが、情状酌量の余地は多分にあった。

 ああいう態度を取らざるを得なかった王子の心情は今は十分に理解できたし、むしろそういうやまいを抱えているにも拘らず、毎回デビュタントの相手を務めなければならないこの王子様が、ミルフィは心底かわいそうになってしまった。


 人生って本当に思い通りにはいかないわよね。

 私も猫に変態しちゃって大変な人生(獣生?)を送っているけど、貴方は貴方で大変ね。


 そんな思いを込めて、ミルフィは前足をちょこんと王子の膝に乗せてみた。


「みゃおーん(元気を出して)」


 慰めるように優しく鳴き、ややあって何気なくその顔を見上げたら、いやに静かだなと思っていた王子は目を限界まで見開いて、その場に凍り付いていた。


 え。もしかしてメス猫も触っちゃダメだった?


 冷や汗をかきながら、ミルフィはそろりと足を引っ込めようとした。

 と、その気配を感じ取ったのだろう。

 まるで時が停まったかのように身動ぎ一つ一つしなかったレオーネが、いきなりミルフィの体に手を伸ばしてきた。


「みぎゃあ!」


 体がふわりと上がり、いきなり胸の中に抱き込まれたミルフィは悲鳴を上げる。

 じたばたと胸の中で暴れ、猫キックもお見舞いしてみたが、レオーネは一向に腕の力を緩めようとしなかった。


「……嘘だろう。この私に猫が抱ける日が来るなんて……!」


 感動に震える声に、ミルフィは心の中であっと声を上げた。

 猫獣人であるミルフィはすっかり忘れていたが、他の獣人達は小動物達から好かれる事はない。

 動物は人間よりも感覚が鋭いため、彼らは獣人の背後にトラの気配を感じてしまうからだ。


 例外は、生まれ落ちた時から獣人の手によって育てられた仕込み馬である。

 モルド国では貴族が使う馬は全てこの仕込み馬で、獣人の気配に慣れているそれらの馬は獣人が触れても怖がる事はない。(ただし、トラ姿になるとパニックを起こす)

 ならば犬や猫はどうだろうと手懐けようとした者もいたらしいが、うまくいかなかったそうだ。

 馬のようにある程度体が大きい動物は何とかなるが、小動物はそうもいかないという事だろう。


 という事で、ミルフィが自分から王子に触ってしまったのは大きな失敗だった。

 度胸試しで獣人の傍に近付いてくる犬や猫は勿論いるが、わざわざ自分からトラ獣人にくっつこうとする小動物はいないからだ。


「お前、そんなんでよく生き延びてきたな。

 トラが普通に駆け回っているバウアーパークに入り込んだばかりか、獣人の私に自分から触ろうとするなんて間抜けにも程がある」


 口では散々馬鹿にしながらも、レオーネはミルフィを離そうとしない。

 可愛くて堪らないと言った様子でその体を撫で回し、すりすりと頬ずりをした。


「猫ってこんなに可愛かったんだな。ずっと怖がられていたし、間近に見た事もないから知らなかった」


 レオーネはミルフィをせっせとモフモフした。

 その艶やかな毛並みを愛でて喉の下をくすぐり、ピンク色の肉球を撫で回す。

 と、不意に何を思いついたか、いきなりミルフィをひっくり返してくんくんと腹の匂いを嗅ぎ始めた。


 腹に顔を埋めるな、この変態!


 ミルフィは前足で猫パンチしてやろうと思ったが、抵抗を封じるように両脇を抱えられたため、それもできない。

 仕方がないので自由な後ろ足でせっせと蹴り上げていたら、蹴られたレオーネがどこか恍惚とした表情で、「猫キック最高……」と呟いた。

 はっきり言ってドン引きだった。


 暴れる気力もなくなったミルフィが脱力していたら、モフモフを堪能したらしいレオーネに大事そうに抱き締められた。


「ああ。温かいな。温もりに触れるのっていつぶりだろう」


 どこか湿った声でレオーネが呟き、ミルフィはえっと固まった。

 よくよく考えれば、この王子様はもうずっと人肌に触れていないのだ。

 女性には触れる事ができないし、この年になって男と手を繋ぐというのも考えにくい。


 もしかしてずっと寂しかったのかなと思うと、何だかこの王子様が無性に可哀そうになってきた。

 俗にいう、ほだされたというやつである。


「なおん」と小さく王子を呼べば、レオーネは嬉しそうにミルフィをぎゅっと抱き締めた。


「何て可愛いんだ。

 お前がずっと傍にいたら、この先、寂しいと思う事はないだろうな」


 そして自嘲するように片頬を歪め、吐息混じりの言葉を落とした。


「私は王族としては欠陥品なんだ。血を繋ぐ事を求められているけど、そもそも女にさわれない。

 父上もさぞ困っておられるだろう。

 こんな期待外れの息子で、父上には本当に申し訳ない……」


 ふがいないと思っても、生理的に女性を受け付けない状態では本人にもどうしようもないだろう。

 この王子がこんな風に自分を責めるのは、王位を継承できる王族がモルド国に少ないためだと、ミルフィは小さく溜め息をついた。


 現王には王子は二人しかおらず、王弟は獣化できない人族だった。王の従兄弟は二人いるが、そのうちの一人は正妃との間に子がいない。


 王位を継げるのは正嫡の男系男児だけで、獣化できる事が条件だ。

 三年前に結婚された王太子夫妻にはまだ子がおらず、だからこそ第二王子であるレオーネには王族の血を残す事が強く求められていた。


 本人が一番辛いのに、周囲にそれを零す事もできない。

 何も知らない貴族達は王子が一刻も早く身を固める事を望んでいて、その期待が大きければ大きいほどレオーネは現実との乖離に追い詰められる。

 そんな事を考えると、ミルフィは何だか自分までもが辛くなってしまった。


「みゃおん」

 元気を出してねと話しかけると、「もしかして私を慰めているのか?」とレオーネは小さく笑った。


「ありがとう。でも、もう大丈夫だ。辛い事も多いけど、今はお前がいるからね」


 んん? とミルフィは首を傾げた。

 確かに今、自分は王子の傍にいる。でも気のせいか、話はそれだけに留まらず、何だか不穏な方向に進んでいる気がした。


「これからはずっと一緒にいようね。宝物のように大切にするよ」


 やっぱり嫌な予感が当たった! とミルフィはがばっと顔を上げた。


 私には帰る家があるんです。

 と言うか、だいぶ長居をしちゃったみたいだから、そろそろ家族の許に帰りますね。


 そう心を決めたミルフィは、自分を抱き締めていた王子の手をちょっと強めに引っ掻いた。


「……ッ!」


 驚いた王子が思わず腕の力を緩めた隙に、ミルフィはレオーネの腕から飛び出した。

 不敬罪になっちゃうかもしれないが、こうなったら逃げた者勝ちだ。

 王子だって、自分の肌に傷をつけるような乱暴な猫を欲しいとは思わないだろう。


 今日のピクニックランチは何だろう、などと思いながら軽快に逃げを決めていたミルフィの頭上に、いきなり何かが降ってきた。

 目の前が暗くなり、布のようなものに逃げ道を塞がれたミルフィは、その端っこを踏んづけて、「ふんぎゃあああああああ」と間抜けな声を上げて地面を転がった。


 布地からは王子の匂いがした。

 どうやら膝の傍に置いていたジャケットを咄嗟に投げてきたらしい。


 慌てて抜け出ようとしたが、後ろ脚の爪が縫い合わせに引っかかり、うまく取れない。

 じたばた格闘している間にレオーネが近付いてきて、ジャケットごと体を持ち上げられた。


「全くいたずら好きの猫だなあ。

 こんなところで野良猫をしていたら、悪い奴に攫われるかもわからないからね。

 大丈夫、心配しないで。私が安全な宮殿に連れ帰ってあげる」


 貴方こそ私を攫う悪い奴でしょうが!


 ミルフィはジャケットの中で暴れまくったが、敵もさるものだ。

 手際よくミルフィをジャケットで包み込み、右の前足だけが虚しく空を掻いた。


「みやおおおおおおおおん!」


 ミルフィはパークのどこかにいる家族に向かって大声で助けを求めたが、呼応する声はなかった。

 家族に声が聞こえる場所で大人しく遊んでいれば良かったのに、ここまで遠出してしまったミルフィが馬鹿だったのだ。


「うにゃおおおおおおおおおおおん!」


 お父様、お母様、兄様、言う事を聞かなくて申し訳ありません。

 ミルフィは今、絶賛誘拐されようとしています!


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