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好奇心は猫をも殺す ~秘密を抱えた箱入り令嬢は、うっかり第二王子に拐われる~  作者: タイガーアイ


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四人と一匹のお茶会


 ミゼルの命を受けて、侍女達が一礼をして次々と退室していく。

 そんな中、シャーロット妃がいたずらっぽく笑んでレオーネに話しかけた。


「その子を抱いてもいいかしら」

「はい。どうぞ」


 シャーロット妃が立ち上がり、バスケットにいたミルフィを抱き上げる。


「ああ。なんて可愛らしいの。

 真っ白でふわふわして、まるで夏の雲みたい。それに何だかとてもいい匂いがするわ」


 最後の侍女が部屋を下がり、扉が静かに閉められた。


「ええ。先ほど私がお風呂に入れてやりましたから」

 得意そうにレオーネが答え、ミルフィの頭を撫でていたシャーロット妃が、「え」と義弟を見た。


「聞き違いかしら。貴方がこの子をお風呂に入れた?」

「その通りです。体中隅から隅まで、私が石鹸をつけてミリィを洗ってやったんです」


「体中隅から隅まで……」

 呆然と呟いたのは壁際に控える兄のイザークだ。


「嘘だろう……」

 ミゼルが思わず頭を抱え、シャーロット妃が「ああ、何て事……」と腕の中のミルフィを見た。


「この子、毛繕いが下手だったのか、何だか臭ったんですよ」

 ははは……とレオーネが笑い、皆の前で臭いと暴露されたミルフィはその場で魂を飛ばしかけた。


「義姉上のところにお連れするのに、臭いまま連れてくる訳にはいかないでしょう。

 ですから、つい先ほど私がお風呂に入れてやったんです。

 頭のてっぺんから尻尾まで、念入りに洗ってやりました」


 臭いと二度も言われたミルフィは青色吐息だった。

 一方、レオーネを除く三人はもはや言葉もなく、場に凍り付いている。


「どうかしましたか?」


 場の空気がおかしいとようやく気付いたのか、不思議そうに問いかけてくるレオーネに、ミゼルが「いや」と首を振った。

 さすが王太子だけあって、一番早く立ち直ったようだ。


 ミゼルとしては、四人と一匹だけになったところで猫の正体がタウジ家の令嬢である事を弟に明かし、家に戻してやるよう説得する予定だった。

 レオーネには空のバスケットを持ち帰らせ、別のバスケットに猫を入れてイザークに渡し、そのまま家に帰らせる。

 それで一件落着の筈だったのだ。


 けれど、臭いだの、体中を洗っただのと言われた後で猫の正体を暴露する気にはなれなかった。

 ここで暴露してしまったら、イザークの妹は立ち直れないかもしれない。

 いずれ弟に真実を告げるにせよ、少なくともそれは今ではなかった。


 さてどうしたものか……とミゼルは心に呟いた。

 普段は切れ者と評されるミゼルであったが、今後話をどう持っていけばいいのか、さっぱり考えが浮かんでこない。


「お茶が冷めてしまいますわ。殿下、お茶をどうぞ」

 遅ればせながら立ち直ったシャーロット妃がそう言葉を掛け、三人はとりあえずお茶を楽しむ事にした。


「イザーク、シャーロットの腕の猫をテーブルに上げてやってくれ」

「はっ」


 イザークがシャーロット妃からミルフィを受け取り、ミルフィ用の取り皿の前にミルフィを座らせてくれる。

 手を離す前、兄がミルフィを慰めるようにそっと頭を撫でてくれ、「なおん」とミルフィはその手にキスをした。


「ミリィはスコーンが好きだろう? こちらのアプリコットのジャムをつけてやろう」

 隣に座るレオーネが甲斐甲斐しくミリィの世話を焼こうとする。


「みゃぁん(食欲がありません)」


 ミルフィはつんとそっぽを向いた。

 臭いだの体中を洗っただのと言われて、ミルフィの自尊心はズタズタだ。今ばかりはお愛想をする気にもなれなかった。


「どうしてご機嫌斜めなのかな」

 不思議そうにレオーネが首を傾げ、『お前のせいだ!』と他の三人は心の中で突っ込んだ。

 ついでにミルフィも、きっとレオーネを睨んでやる。


 ただ、レオーネには通じなかった。

 猫のミリィが可愛くて堪らないレオーネは、その後も「こちらのショートブレッドがいいのかな? それともカヌレを食べてみる?」となどとせっせと言葉を掛けてくる。

 最後には「御前で失礼します」と兄夫妻に断って、ミルフィを自分の膝の上に乗せた。


「おいしいから食べてごらん。

 ほら、こちらのプディングなら食べられるんじゃないか」

 スプーンですくったチョコレートプディングをミルフィの口元まで運んでくれ、仕方なしにミルフィは口を開けた。


「どう? ミリィのお口に合ったかな?」


 プディングはムース部分とチョコレートソースの二層になっていて、濃厚なチョコレートの味わいと滑らかな舌触りが堪らない。

 舌の上でチョコレートが解け、ミルフィは目を閉じてその美味しさを味わった。

 非常に不本意だが、申し分なく美味しい一品だった。


「みゅぅ」


 何だか負けた気分だが、ミルフィが落ち込もうが落ち込むまいが、どうせ今の状況は変わらない。

 ならば思いっきりデザートを楽しもうとミルフィは気持ちを切り替えた。


 はむはむと今度はスコーンを食べ始めたミルフィを、レオーネが嬉しそうに見つめている。


「余程その子が可愛いんだな」

 ミゼルが声をかけると、

「この子が来てくれて世界が明るくなりました」とレオーネは笑った。


「そうか。お前のそんな笑顔を見るのは久しぶりだ」

 ミゼルはどこか苦さの滲む顔で笑った。


 十二歳の事件があってから、レオーネはすっかり変わってしまった。

 それまでは闊達でやんちゃな弟だったのに、無邪気な笑顔は影を潜め、女性達をあからさまに警戒するようになった。


 レオーネは今や、モルド国で唯一の未婚の成人男性王族だ。

 従伯父《いとこおじ》のシャルトーレ公やレジナルド公、それにシャルトーレ公の嫡男ブルーノも妻帯しているから、王族妃の座を狙う貴族令嬢達は皆、レオーネに狙いを定めていた。


 夜会では、潤んだ目で上目遣いにレオーネを見上げたり、レオーネの前でわざとハンカチを落とし、前屈みになって胸の谷間を見せつけようとする令嬢もいる。

 彼女らはレオーネの心を射止めようと必要以上に体を寄せてきて、女性不信を患っている弟としては堪ったものではないだろう。


 この子がタウジ伯爵家の令嬢ではなく、ちょっと生存本能に欠けた、ただの間抜けな猫であったら良かったのに……と、ミゼルは心の中で溜め息を吐いた。

 本当の猫ならば、ずっとレオーネの傍に置いてやる事ができる。


 未だに心に傷を抱えている弟には癒しとなる存在が必要だった。

 何故ならレオーネは、これから益々困った立場に追い込まれていくからだ。

 その一因は、王太子である自分に後継ぎが生まれない事にある。

 王国は王位継承者をもつ男系男児の誕生を求めていて、第二王子であるレオーネはその義務から逃れる事を許されていなかった。




 王太子夫妻とのお茶会で散々な目に遭ったミルフィだが、このお茶会に招かれた事はミルフィにとって決して悪い事ばかりではなかった。

 取り合えず、自分が無事でいる事が兄にわかってもらえた。父や母にも早晩《そうばん》伝えてもらえるだろう。


 それにすべての事情を知るシャーロット妃が、ミルフィに救いの手を差し伸べてくれた。

 午前中は毎日ミルフィを自分に貸してもらえないかと、レオーネに頭を下げたのだ。

 成人王族であるレオーネは、午前中は執務があるためミルフィの相手はできない。

 だから午前中だけでも白猫を愛でさせて欲しいというシャーロット妃の頼みを、レオーネは断り切れなかった。


 ミルフィにとって更にありがたかったのは、その時にお風呂もこちらで済ませると、シャーロット妃がきっぱりレオーネに宣言してくれた事だ。

 猫は繊細な動物であるため、猫の扱いに慣れた使用人に任せた方がいいとレオーネを諭してくれ、ミゼル王太子も一緒になってレオーネを説得してくれた。

 お陰で、以降は王太子の居殿でお風呂に入れてもらえる事になった。


 そういう提案をして下さったシャーロット妃には感謝しかない。

 レオーネに体中を洗われた事はミルフィにとって大きなトラウマとなっていたが、一度だけならまだ我慢できる。

 時間が経てば、いつかそんな事もあったと笑えるようになるかもしれなかった。




 さて、レオーネがミルフィを連れて帰っていった後の宮殿では、三人が三人とも何とも言えない顔で黙り込んでいた。


「レオーネにいつ真実を告げるかな……」

 行儀悪くテーブルに肘をついて溜め息を零すのは、レオーネの兄のミゼルである。

「あんなに女嫌いなのに、年頃の女性を膝に乗せて撫で回していたと知ったら、泡を吹いて倒れないだろうか……」


 そんな主を恨めしそうに仰ぐのは、言わずと知れたイザークだ。


「私にはミルフィの方が心配です。

 殿下がミルフィをお風呂に入れたと聞いた時は、立ったまま気絶しそうになりました。

 年頃の娘に何て事を……」


「知らなかったんだから仕方がないだろう?

 大体、猫に獣化する貴族令嬢がいるなんて思い付ける筈がない」


「わかっております。

 けれど、体中を撫でまわされた妹の気持ちを思いますと、腹が立ってなりません。

 吹っ飛びそうになる王族への敬意を、今必死にかき集めているところです」


「そのままかき集めたままでいろ」

 ミゼルは呆れたように言い捨てた。


「それはともかくとして、まずはタウジ夫妻に令嬢の無事を伝えてやれ。

 今日確認が取れた事だし、後は時機を見て人型に戻すだけだ」


「はい」

 そうした二人の会話を黙って聞いていたシャーロット妃が静かに口を開いた。


「レディ・ミルルフィーヌが猫になる事を、両陛下にお伝えするべきなのではありませんか?

 モルド国の貴族がトラではなく猫に変態したなど、国始まって以来の珍事です。

 それと、レオーネ殿下がその事を知らずに猫を可愛がっておられる事も、お知らせしておいた方がよろしいかと」


「それもそうだな」

 ミゼルは割れた顎を大きな手で撫でた。

「明日にでもお時間をいただけないか聞いてみよう。

 そうだ、イザーク。陛下に謁見する時は、お前も護衛として従うように」


 陛下はきっと詳しい事情をお聞きになりたがる筈だ。

 本当はタウジ伯爵夫妻を場に招きたいところだが、下手にそのような事をすれば人目を引いてしまう。

 ミゼルの近衛であるイザークを同席させるのが一番いいだろう。


たくさんの感想をありがとうございます。楽しく読ませていただいています。

それから、誤字報告ありがとうございました。既のところ、と訂正があり、自分が勘違いをしていたと気付きました。他の章に同じ間違いがないか確認中ですが、見落としがあったらごめんなさい。

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― 新着の感想 ―
うら若き貴族令嬢が全身洗われたとか臭かったとか言われたらもうお嫁に行けませんね... しかし切り替え早いなw あと王太子ひでぇと思ったけど ちょっと生存本能に欠けた、ただの間抜けな猫のタウジ伯爵家の…
兄貴〜、うちの猫ですと言える機会が潰れちまいましたぜ。
どこでバラしが入るのかの調整タイミングになりましたね。 王太子妃とだけいるときはちゃんと首輪も外されて人の姿に戻っているのでしょうか。 ふと思いましたが、眠るなどで意識が飛んでいるときに獣化が解ける…
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