その1
王都ミドラーシュ。
まだ地上の支配権が人間に無かった太古の時代で最初に切り開かれた前線基地が繁栄し、最初にそれを作った指導者の名前を得て国となったもの。
この世界で最も繁栄している国の1つで、人口が多く、海に面しているおかげか貿易も盛んだ。
また、王都であるためか守衛がそこいらを巡回していて比較的治安がいい。とはいえ人口が多ければそれだけ犯罪率も上がる。表立っていないだけで、裏ではグローの様な所謂『大物』の多くがこの王都に本部を置いている。今は掃除屋を掲げているが、元は暗殺組織である『D & C』の本部もそうだ。
大通りから外れれば怪しげな店がチラホラ見え隠れ。
「また来てねー」
「2度と来ねぇよ! こんなぼったくり!!」
そんな怪しげな店の1つからシオンは捨て台詞を吐きながら出て来た。
本日、掃除屋『D & C』は定休日である。しかも、最近は珍しくちょこちょこ仕事があったおかげで珍しく手元には結構な量の金が。ならばやる事は1つ。豪遊だ。
そう意気込んで、いつも足繁く通っていた……曰く綺麗なおねーちゃんのいる店に行くもまさかの臨時定休日。
少しがっかりしたが、気を取り直して新天地を開拓するために入った店がまさかの悪質店。思いっきりぼったくられた。
「席代とチャージ代とテーブルチャージって何だよ……全部同じじゃねーかよぉ……クソがぁ……」
まだ昼過ぎだというのに手持ちの9割を削られたシオンは誰に言うわけでもない文句をぶつぶつ吐きながら考える。どうしたものかと。
このまま帰ればリューナクにどやされる。今日は夜まで帰らないと言ったのに、こんな短期間で戻れば必然的に何に使ったのか問いただされるだろう。彼女だけならいいが、ソフィアに心配そうに聞かれたら話さずにはいられない。
綺麗なおねーちゃんに目が眩んでぼったくられた事実を。
その後は、恐らくきっと間違いなくクリスに伝わり1ヶ月はこのネタで馬鹿にされる。それだけは避けたい。
「あっ、そうだ」
何かを思い付いたシオンは残りの手持ちを確認する。
「んー、ケーキセット分くらいはあるかねー……よし! 行くか! 『ペルシカ』!」
『ペルシカ』————正式にはカフェ『ペルシカリア』。地味な外見と立地があまり良くないことが相まってか、あまり繁盛はしていないが雰囲気が良くて長居しやすい。メニューはそこまで多い訳じゃないが値段はリーズナブルで、それに合わぬほど美味しい。更には何かを頼むとおかわり自由のコーヒーが付いてくる。これで何故繁盛してないのか分からない。だが、間違いなくシオンにとってはお気に入りの店の1つだ。
「いらっしゃいませー」
カランコロンと小気味良いドアベルの音に反応して1人の女性がお客の来店を快活そうな笑顔で歓迎する。
店の雰囲気に合ったモノクロチェックのウェイターエプロンを着こなし、本来は長いであろう赤みのかかった茶髪を動きの邪魔にならない様に束ねて後頭部でまとめるシニヨンと呼ばれる髪型をしていた。
彼女はリペアル・ペルシカリア。このカフェの店員兼看板娘であり、店の奥で本を読んでいる仏頂面なマスターの一人娘だ。
「リペさん、やほ」
「あっ、シオンさん。お久しぶり。お金貯まったんですね」
「……あー、うん貯まったよ。うん」
「いやぁ、羨ましい限りですよー……って、なんか微妙な反応じゃないです?」
そんな軽いやり取りをした後に、彼女は「お好きな席をどうぞ」と慣れた様に言うが、直ぐに訂正する。
「っとと、いけないいけない。シオンさんごめんね? お好きな席で良いけど……その、『いつもの席』は埋まってるんです」
『いつもの席』。普段から座ってる為か、窓際にある3つの席の事をリペアはそう呼んでくれていた。
シオンはこの窓からボケーっと人の流れを見るのが好きだ。ハロウィンの渋谷の様なカラフルで騒々しい格好の人々がそれぞれの人生を過ごしていく、そのワンシーンを見るのはとても楽しい。
今日は珍しく先客がいるのでそれが出来ないのはちょっと残念。反面、わりと閑古鳥が鳴いている事の多いこの店にちょっとでもお客が入ってくれていることが嬉しくもあった。
「あちゃー窓際なしかー。まっ、しゃーねーべ。それじゃ、適当なとこ座らせてもらいまーす」
「すいませんね。後でシナモンスティックをサービスさせてもらいますからー」
「いや、それ食えんやつぅー」
そんな冗談の後で適当に席を探す。出来るだけ窓際に近くで、出来るだけ日当たりが良く、出来るだけリペアルに注文がしやすい所を考えていると————、
「ねぇ、キミ」
ふと、窓際の席に1人で座る少女に声を掛けられた。その声の主に視線を向けたシオンは思わず息を飲んだ。
白を基調とし、上品に青や金で刺繍を施した上等そうな服。何故か左手だけに付けたレースの手袋。
人工的な染料では絶対に出ない綺麗な桃色をした髪は毎日時間をかけて丁寧に手入れしているのだろう、触らなくても絹のようだと分かる。
————すげぇ美人。
そして何よりも顔がいい。まるで西洋人形だ。その琥珀のように澄んだ色の瞳でシオンを見ていた。
何かのテーブルゲームでは見た目のステータスが高すぎると逆に恐怖を与えるというが、そんな事はないと確信する。違う、恐ろしいとかそんな次元の話じゃない。何も出来ないのだ。
「キミだよ。顔色悪そうなキミ」
「……ぁ。あ、えと……オレぇ?」
少女からの2度目の声でようやく絞り出したのがコレ。コレじゃまるで女性経験がゼロの童貞の反応そのものではないか。半分正解だけど。
「うんうん、さっきの話聞いてたんだけど……良かったら相席どう? 丁度喋る相手が欲しかったんだー」
「ぴょ、ぴょぇ……?」




