その10
「という訳で、ここは我々に任せて今日は帰るといい。特にエンゲル。君、何とも無いような顔をしているが、その腕が痛むんじゃないか?」
「いや、でも「は、はい! それではお言葉に甘えさせて頂きます! ほら、シオン! 帰るわよ!」
何か腑に落ちないシオンは食い下がろうとするが、この機を逃すことの出来ないリューナクにより遮られた。
どうにか彼女を言いくるめて待ってもらい、少しばかりグローに真意を問おうかと思ったが思い直す。自分の貧相なボキャブラリーではそんな事出来るとは思えないし、そして何よりもだらりと痛々しく垂れ下がるリューナクの右腕が目に入ったから。
「まっ、そっすね。頂いた好意を無碍にするのも失礼に当たるって奴っすもんねぇ」
「そうだよ、シオン。受け取れるものは受け取っておくべきだ」
「入り口の方に馬車を手配している」その言葉を聞くや否や「それではお先に失礼します!」と、深々と一礼して早足にさっさと去って行ったリューナクの姿に少し呆れたように笑ってから、その後を追うように歩き出す。だが、何かを思い付いたようで、足を止めてグローに振り返る。
「裏ボス、最後に1個だけ良いっすか? すぐ終わるんで」
「構わないよ」
「ずっと思ってたんすけど、裏ボスって何でボスに当たり強いんすか? あんなんだけどボス、結構良い人っすよ?」
この強引とも取れる唐突な仕事の引き継ぎについての疑問を聞かれるものだと思っていたのだろう。シオンからのそんな予想外の質問に少しだけ虚をつかれた様に目を丸くした。そして、少し間を置いてから小さく吹き出すと、次いでくすくすと笑う。
「うぇ、そこ笑うとこなんすか!?」
「いや、すまないね。笑うつもりは無かったんだよ、本当に。ただ、彼女は良い仲間を持ったなと単純にそう思っただけ」
悪意はない、心からの微笑ましさから出た笑いを収めて「それはそれとして質問の答えだが」と、前置きを置いてからシオンの素朴な疑問に答える。
「自分を偽る者に、こちらも心を開く通りはないだろう?」
「自分を偽る……ってボスが? それはどういう……」
グローの意味深な答えに追求しようとしたシオンの口に、彼女は悪戯っぽい微笑を浮かべながら自分の人差しを当てて言葉を封殺してから「さぁ、ね?」と誰が聞いても明らかに分かる嘘を付いた。これ以上は自分が語るべきではない、そう言わんばかりに。
「それで質問も終わりかな? なら君も早く帰るといいよ。死なないと言っても疲れないわけじゃないだろう」
「あっ、えっ、えっ……と。そ、そうっすね! それじゃあ、その……お願いしまっす!」
何となく色っぽい彼女の表情と仕草に少しばかり赤くなった顔を隠すように頭を下げると、早足で逃げるようにリューナクの後を追いかける。本人は気付いていないが、奇しくもその一連の行動は先程呆れたように笑った彼女の動きとほぼ同じだった。
「……さてと。貴様達、何をボサっとしている? 早く開始しろ」
シオンが完全に去ったのを見届けてからグローは自分の部下である黒服達へ、掃除屋に向けていた時とは打って変わって、鉄仮面でも被ったかのように無表情で威圧的に命令する。
その言葉に、彼らは弾かれたように動き出す。まるで統率された軍隊だ。それも仕方がない。少しでも粗相をしようものならばグローの機嫌次第では、そこここで転がる死体の一員になってしまうのだから。
「私のシマにこんな紛い物を流した不届者を探し出せ」
足下に落ちている切り取られた左手を拾い上げると、静かに、だがしっかりと通る声で彼らに喝を入れる。それこそが、グローがわざわざこんな所に来た理由の1つ。
『栄光の手』。それは死者の左腕を乾燥させたもの。外道に落ちた魔術師の魔力は、死後に左腕に集まるという逸話により、そう言ったものを重んじる術者や金を持て余したコレクターに高値で取引されている。
それに目を付けた彼女は自分に反旗を翻した組織のリーダーや裏切り者の処刑時に出た死体や見せしめに切り落とした左腕から『栄光の手』を製造・販売して利益を得ていた。
だが、最近グローの知らない粗悪なものが市場に流れていた。勿論、彼女には一銭の徳にもならない。だというのに悪評だけは届く。そんな狼藉を許す訳がない。
調査の結果、チンピラの集団が行っていた事が分かった。しかも、材料調達は彼女の持ち物である無縁塚という罪を重ねるおまけ付き。
早速、適当に派遣してチンピラを粛清する予定だったのだが……
「ふぅん、これがバーバヤーガの正体、ねぇ。タダのコボルトじゃないか。まぁ、一応持って帰っておくか」
どうやら長らく使われていなかったのをいい事に、チンピラだけではなくこの特異な魔物の餌場にもなっていたらしい。彼らは運悪く鉢合わせ、自らの餌場を荒らされたと勘違いした魔物に殺されたようだ。命からがら帰って来た1人を残して。
相手の能力が分からない以上、適当に人員を割いて殺されるのも馬鹿らしい。だがチンピラが魔物に殺されるのを待つのももどかしい。
そんな時に脳裏を過ったのは『D & C』の名前。今は落ちぶれたが、4人居ればそれなりに強い。まぁ、負けないだろうと軽い気持ちで依頼する事にした。とはいえ、真正面から魔物対峙では受けてくれないだろうと無縁塚の撤去と偽って。
一応、これもある種の信頼だ。多分。そうじゃなければ掃除屋の魔物を倒した時用に新人の黒服達や帰りの馬車の手配をして、こっそりと着いてくる筈がない。
事実、2人しか居なかったがちゃんと勝った。グローの目に狂いは無かったようだ。
「グロー様、こちらを拝見して頂きたく……」
黒服が死体の1人——あの痩せた男だったもの——が持っていた『ある物』もグローに差し出す。
それは通常のものより少し大きく、蛇の刻印がされた銀貨。貨幣価値はないが、とある組織に所属する事を示す証。
「『レプティリアン・シンジケート』……アイツらの仕業か」
————レプティリアン・シンジケート。
誰がトップなのか。目的が何なのか。どれくらいの規模なのか。
多くの情報が不明な謎の組織。
せいぜい分かっているのは、他人のシマやシノギを荒らす不届者の集まりである事と、ヘマする様な末端のそのまた末端や雇ったチンピラにはこの銀貨を持たせていることくらい。
もう何度も煮湯を飲まされている相手に、一瞬だけ苦虫を噛み潰した様な顔になるが、即座に鉄仮面に戻り、黒服へ「ご苦労だった」と告げると受け取った銀貨を指で空へと弾き、そのまま目にも止まらぬ速さで懐から拳銃を引き抜き、彼らへの怒りをぶつける様に銀貨を撃ち抜き一言。
「いつか、必ず殺す」
一方その頃、掃除屋はというと……
「いったぁ!? 腕いったぁぁぁ!?」
「ボスぅ!? 気を確かに!」
アドレナリンが消えたのか、今更になって腕の痛みを訴えるリューナクとそんな彼女を励ますしかないシオン。
今後、長い因縁を結ぶ事になる組織との遠からずファーストコンタクトを取った事など知る由も無かった。




