その2
「ねぇねぇ、キミは何で窓際の席好きなの?」
「う、うひゃい! ワタシ、は、ここから見える、風景が、好き、だからどす!」
どうにかこうにか失礼にならない様に断ろうとしたが、リペアルの「混んで無いし、別に良いですよー」の一言で拒否できなくなったシオンは少女の対面で空回っていた。
「あー、もしかしてキミ緊張してるー?」
もうあり得ないくらいの美人が、すっごい気さくな笑顔を自分に向けているのだからガチガチに固まるのも無理はない。
そのせいか先程からずっと鼓動が鳴り響いていた。いつもならそれなりに回る口も、油が切れかかった歯車みたいにぎこちなくしか動いてくれない。そのくせ視線だけは定まらずにあちらこちらへ動いていく。
未来ちゃんを初めて見た時ですらこうはならなかったのに。こんな状況で頭に浮かんだのはそんな言葉。
「うーん、これだと楽しくお喋りできないなぁー? それじゃあキミの緊張がほぐれるように……ね、手を出して?」
シオンはもはや言われた通りに動くロボットの様に、少女の言葉に「ぴゃぃ」と情けない起動音をあげて両手を差し出した。
彼女は差し出されたシオンの両手に自分の両手を重ねると「うみあっせうみおれ」と謎の言葉を2度ほど唱える。
「……ええっと?」
その行動の意味が分からず、シオンは思わず今までの緊張も忘れ、困惑した顔で少女の顔を見ると、自分を見つめていた彼女と目が合った。
「やっと目を見てくれた。うん、緊張をほぐす魔術はだいせーこーみたいだね」
謎の言葉はどうやら不思議な呪文だったらしい。少女の咲いたような笑顔を見て理解する。
目を見て話す。小学校でも習うそんな簡単な事も出来ていなかった。遅まきながら、今更そう思うと情けない。
緊張してる場合か。それよりも一期一会の貴重な出会いで、この美人にそんな情けない奴だと思われる方が嫌だ。
「うん、大成功みたいだ。すごいな!」
「でしょー? 私、魔術が得意なんだー」
人呼んで笑顔の魔術師!とコミカルに胸を張る少女の姿を見ると自然に表情が緩んでいくのを感じる。
きっと幸福な人生を歩んできたのだろう。そうでなくては他者をこんな風に笑顔には出来ない。
「さて、それじゃあ笑顔の魔術師さん? まずお互いに自己紹介しようぜ? 俺はシオン・リンドウ。よろしく!」
「あっ、忘れてた。あはは……私はセラ。セラ・マスティマ。よろしくね」
そこからは面白い様に話が弾んだ。ころころと変わるセラの表情が綺麗で可愛くて面白くて、話をしても聞いても楽しい。途中でリペアルが気を利かせて水を置いてくれたのも気付かぬくらいには。
「ねぇ、その胸元のマークは何? でぃー、あんど、しー……?」
会話の最中、ふとセラはシオンのパーカーの胸元にある『D & C』のロゴについて不思議そうに聞いてきた。
「ん? あぁ、これは……ウチの職場のロゴよ」
剣と銃と箒——力と技巧と魔法のモチーフを重ねてあるそれはで、あらゆる手段を持って『仕事』を遂行する強い意志を視界的に示すと共に、メンバーの結束力を高めるために作られたもの。シオンはパーカーの胸元に、リューナクはコートの襟下に、クリスはスカートに、ソフィアは服の胸元にそれぞれ着けてある。ともあれ、それのせいで仕事でミスが発生すると悪評がダイレクトで『D & C』に届くのだが。
「職場のかー、どんな事してるの?」
「魔物が作った建物の破壊とかー、死骸の片付けとかかな」
「それは……何というか地味だねぇ……」
「だよなぁ……俺もそう思うもん」
神妙な面持ちでそう答えた後にどちらからともなく笑い出す。今、その場面を見れば、先程まで片や緊張でガチガチだったなんて思えないだろう。
「にしても、ちょい小腹減ったな……セラはどうよ?」
「んー? 私は……んー、私もそうかなー!」
「んじゃ何か頼む? さっきの魔術のお礼したいし奢るぜぃ。安めのやつなら……」
本心半分、カッコつけ半分から出た提案は、言ったは良いがその途中から忘れていた自分の懐状況を徐々に思い出し、尻すぼみに声が小さくなっていった挙句、後ろに余計な一言がついたせいで太っ腹なのかケチなのかわからない中途半端なモノになってしまった。
「……ふっふっふっ」
何らかの事情を察したのか、彼女は怪しげな顔でわざとらしくくつくつと笑いながらどうしてやろうかと口元に手を当てて考えている。シオンにとっては気が気でない一瞬だ。
「なら、キミと同じのでいいよ?」
「リペさんーっ! 季節のケーキ2つー!」
「分かりましたぁー」
セラの気が変わらないうちに高速でオーダーを通す。とりあえずは会計時に「足りません」は回避できたが、何とも情けない男だ。
シオン自身は気付いてないが、その姿を彼女は心底おもしろそうに見ていた。
「ここのケーキ、美味いんよ……あ、こら、そんな生温い視線を送るな。美味いのは確かだから! 安いのは確かだけど……」
「えー、私何も言ってないけどなぁー?」
どう考えても言い訳にしか聞こえないが、『ペルシカリア』のケーキが美味しいのは間違いない。季節毎に変わるフルーツケーキは一度食べれば病みつきになるはずだ。なのに、何故かリピーターが少ない。
「はい、こちらご注文の品と……えー、サービスの、コーヒーです」
サービスなので飲まなくても良いですからねー、と何故か遠い目をして2人の前にそれらを置く。
「おー、美味しそうだねー」
「だろ? んじゃ、早速」
そうして少し早めのアフタヌーンティーが始まった。




