第175話 疑義
「部族……ですか?」
話しが見えず、イグマンは僅かに眉を寄せる。
『ほとんど知られていないけれど、あそこには腕の立つ部族が住んでいるという話だ』
フロイドの言葉にイグマンははっとした。
「まさか……」
『そのまさかかもしれない。その女護衛士は、部族の一員なのかも』
「しかし、我々の取引をする場所はお得意さましか出入りできないはずです。そこにそういう……身分の分からないような方々が入れるとは思えませんが……」
「お得意さま」というのは貴族のことだ。一部族が闇取引に、一介の部族が出入りできるとは思えない。
するとフロイドは驚くようなことを口にした。
『貴族と部族に繋がりがあったなら?』
「……え?」
『可能性はないとは言えないだろう?』
確かに、貴族と部族に繋がりがあれば、部族が闇取引に入り込むのはあり得るだろう。
しかし、貴族が部族と繋がることなどあり得ない。
彼らは少数民族や部族を嫌い、のけ者にしてきたのである。少数民族たちが国境付近に住んでいられるのも、他国との緩衝材として利用されているからにすぎない。
仮に貴族がその部族と手を組んでいるとすれば、セルディア王国は何か別の方向へ進んでいるとも考えられる。
そして、農村ではみ出た子どもや、生活していけない少数民族から「商品」を手に入れているスビリウスにとって、別の問題が起こるのではないかという懸念もある。
そもそも、何故フロイドがシェイルドに「腕の立つ部族」が住んでいることを知っているのかも疑問だった。
確かにスビリウスは少数民族から「人間」という「商品」を手に入れることもあるが、シェイルドのほうはほとんど手を出したことがない。
というのも、スビリウスが「商品」を手に入れてくるところは、瞳が明るい空色をしており、肌の色が陶器のように白くて滑らかで髪の色が金色をしている「セレイアヌ」という少数民族である。
そして彼らが住むのは、セルディア王国の南東側であるため、イグマンは西側の国境付近に住む部族のことなど知りもしなかった。
「……そうかもしれませんが、だとしたら貴族はその部族と手を組んだということですか?」
できるだけ情報を得たいと思い、慎重に質問をしたつもりである。だがフロイドの返答は、自分で話し始めたわりにあっさりしていた。
『まあ……、どう考えるかはイグマン次第だな。——吉報を待っているよ』
そう言うと、フロイドは珍しく先に電話を切る。
何か考えることがあるのか、確信的な情報ではないのか。それとも長話をしてイグマンに余計な質問をされるのを避けたのか。
いずれにしても、フロイドはこれ以上、その「部族」については話してくれなさそうだった。
(追跡の最中に聞くにしては、中途半端で不確実な情報だよな……。正直、余計なことを聞いた感が拭えない……)
イグマンは大きなため息をつきつつそっと受話器を置くと、来るとき同様に狭い廊下を通って部屋へと戻った。
「イグマンさま、どうなさったのですか? 顔色が優れないようですが」
部屋に入るなり、エレインに言われる。
どうやら拳銃の手入れは終わったらしい。簡素なテーブルの上はすっかりきれいに片付いており、エレインはドア側のベッドの上で寛いでいた。
「連日の移動で疲れているだけだ。先に休ませてもらう」
イグマンはそう言うと、窓側のベッドに倒れるようにしてうつ伏せになった。エレインは勘が鋭く、イグマンの表情から色んなことを読み取ってしまうからだ。
「分かりました。ゆっくり休んでください。アベルたちとの情報のやり取りは、私がやっておきますので」
「悪いな……」
そう答えながら、だんだん自分の瞼が重くなってくるのを感じる。「疲れた」というのはエレインの質問から逃れるための方便のはずだったが、どうやら体は疲労していたらしい。
イグマンはそのままベッドに身を委ねると、久しぶりに深い眠りに就くのだった。




