第176話 起床
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翌日、イグマンは、東側の開け放たれたカーテンから差し込む眩い光で目を覚ました。
(朝……?)
寝返りを打ち、光を背中で感じながらため息をつく。
すると、部屋に戻って来たエレインが、イグマンが起きたことに気づいたようで「おはようございます」と挨拶をした。
「……おはよう。すまない、随分と長い時間眠ってしまっていたみたいだ」
イグマンは目をしぱしぱすると、うつ伏せのまま謝る。
普段の仕事なら三時間ごとに交代するのだが、昨夜は自分は参加していない。申し訳なく思って言うと、エレインはイグマンが眠れたことに安堵しているような表情を浮かべていた。
「お疲れだったんですよ。眠れましたか?」
エレインは自分のベッドに座りながら聞いた。
「久しぶりにな」
「それはよかったです」
「ところで、今は何時だ?」
「宿屋の受付けに聞いたら、午前七時だそうです」
「……寝すぎだな」
フロイドとの電話が終わった時間は覚えていないが、遅くとも夜の八時ごろだったはずである。それから部屋に戻って眠ったことを考えると、十一時間も寝ていたことになる。
「普段のイグマンさまの睡眠時間が短すぎなんですよ。それから、報告は私のほうで聞いておきました。どうやらアベルが遅くまで見張りをしてくれていたようです。……ついでにセレイラも」
セレイラとリルのことは、まだ信用していないらしい。むすっとした表情を浮かべている。
イグマンはその様子を見て苦笑した。
「『ついで』というのは酷くないか?」
すると、エレインが柔らかい微笑を浮かべる。
「……どうした?」
何か彼を喜ばせる要素があっただろうか、とイグマンが首を傾げた。
エレインは小さく首を横に振ると、両手を太ももの上に置いた手を軽く組む。
「いえ、いつも通りのイグマンさまに戻ったなと思って、ほっとしたんです。昨日は深刻そうな顔をしていらっしゃったので」
「疲れていただけだと言っただろう」
「隠してもダメですよ。子どものときからずっと一緒に生活をしてきたんです。血は繋がっていなくとも、何となく分かるんですから」
イグマンはうつ伏せから、上半身を起こすと頬杖を付き、目を細める。
「ありがとう」
思いがけずお礼を言われたためか、エレインは照れくささを隠すようにしてもじもじする。
「お礼を言うのは私のほうです。もしスビリウスの中でイグマンさまに出会っていなかったら、私はどうなっていたか分かりませんから」
「そんなのは俺もそうだよ。別に、来たくて組織に入ったわけじゃなかったからな……。エレインにそんな風に言われると、俺の人生も悪くないって思える」
するとエレインはぱっと表情を明るくする。
「本当ですか?」
「本当だよ。俺もエレインのことも、ヨハンのことも、アベルのことも、本当の息子みたいだなと思っている。ただ、一つ欲を言うのなら、お前たちを光のある場所に連れ出してやれたらな、とは思うんだ」
「……光のある場所、ですか?」
エレインは不思議そうな表情を浮かべて聞き返した。
「『組織に属さない生活をさせたい』ってことさ」
虚を衝かれた言葉に、彼は視線を逸らし、組んでいた両手をぎゅっと握る。
「そのようなものは望んでおりません。私にとって一番大切なことは、イグマンさまの傍に居させてくださることなのですから……」
エレインは一人で仕事もできるが、イグマンにいつでもついて来る。
それは親離れできないというより、イグマンが危ないことをしないようにとか、自分たちの代わりに色んなものを背負わせないようにと目を光らせるためだ。
育ててくれた者への恩返しなのだろうが、スビリウスという組織は一人の感情を優先させてくれるような甘い場所ではない。
(もう黙っているわけにはいかないかな)
フロイドがイグマンに言ったことは、いつか分かることである。今回の任務が成功すれば、きっと次の任務でも同じようなことを試されるに違いない。
組織は、今いる信頼できる者たちを中心に連れてきて、裏の運営を任せたいのだ。
イグマンはできる限り大したことがないといふうに見せるために、一度ぐっと腕を伸ばすと、ベッドに仰向けになり腕を頭の後ろに回して言った。
「しかし、それもいつまで続くかは分からない」
「どういうことです?」
エレインの声色が変わる。確実に訝しんでいた。
「長く組織で生活し、仕事をしてきているから分かっていると思うが、人事によって班の編成が変わることもあるということだ」
「まさか、班の見直しの話が来ているのですか?」
「……ああ。今回の件が失敗に終われば、その可能性はある」
「これまで変わって来なかったではありませんか。何故今更……」
それは組織の上層部が班編成についていちいち口出ししていなかったことと、イグマンが後ろに手をまわしていたからである。
しかし、オブシディアンとの交戦があってから、組織の形態も大きく変わった。ゆえに、こちらの一方的な要望だけを聞いてもらうことはできなくなってしまったのである。
「上の考えはよく分からない。だが、いつかは来ることだ。セルディア王国では十八で成人する。エレインはとっくに大人になっているし、アベルもヨハンも経験を積んできた。そうなれば、別々に動くこともあるだろう」
「イグマンさまは?」
硬い声でエレインが尋ねる。きっと眉間に皺を寄せているだろうが、イグマンは敢えて見ずに、軽い調子で答えた。
「俺も同じだ。歳をとって、それ相応の役に付かされることになるかもしれない。まあ、もしかすると現場を離れることになって体力的にも精神的にも楽になるのかもしれないが」
苦笑するイグマンに、エレインが短く言う。
「それはないでしょう」




