第174話 フロイドへの報告
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シェイルドの町に着いたイグマンたちは、女護衛士たちがこの町の宿に入ったことを確認すると、別の宿で三つの部屋を取り、二人ずつに分かれて泊まることになった。
町の条件は、追手のやりやすさにも影響する。
この町は、ソルドーやトレントのように人の流動がそれほど多くはない。裏を返せば町の中心部であっても、宿屋はあまりないということだ。
お陰で追っている女護衛士たちと、イグマンたちが取った宿から直線距離で三〇〇メートルは離れてしまった。宿と距離がこれまでで一番遠い。
トレント辺りまでは宿屋が隣だったり、向かい合っていることも当たり前であったため、近くの宿屋を取り、窓から彼らが泊まっている宿屋を見張ることができた。
しかし町に宿屋が少ない以上これも仕方のないことである。
このような場合、二人程度が外に出て女護衛士たちの宿屋を見張らなくてはならない。その上シェイルドは、トレントの町のように人通りが少ないため、下手に動くと周りの人間に怪しまれる可能性が大きい。
諸々《もろもろ》の事情から、情報の伝達や監視の交代をするのに同じ宿にするのが良いと判断し、イグマンたちは全員が同じ宿に泊まることのできる場所で三部屋を取ったのだった。
「フロイドさまに連絡を入れてくるから、下で電話を借りてくる」
「分かりました」
イグマンは、宿屋の同室のテーブルで拳銃を通常分解し手入れをしているエレインに言い置くと、部屋を出て行く。狭い廊下を通り、これまた人一人しか通れない階段を下りると、受付けの者に断って、箱型の形をした旧式の電話を使わせてもらう。
指が覚えている番号を、ダイヤルを回して入力する。すると三回のコールの後に、若い女性の少し硬い声が聞こえた。
『はい。こちら、エイヴァード商会です』
「お世話になっております、イグマン・シュトラウスです」
女性はスビリウスの仲間であることが分かると、僅かに緊張を緩める。
『ああ、シュトラウスさん。ご苦労さまです。本日はどのような御用ですか?』
「今、シェイルドの宿屋からフロイドさんをお願いできますか?」
『かしこまりました。お繋ぎいたします。少々お待ちください』
「はい」
イグマンは受話器を耳に当てたまま、フロイドが出るのを待つ。
それほど長い時間ではなかったはずだが、彼にとってはとても長い時間のように思えた。
『もしもし? 聞こえるかい、イグマン』
受話器の向こうから若い男の声が聞こえてくる。イグマンは淡々とうなずいた。
「ええ、聞こえますよ」
『首尾はどうだい? この数日連絡がなかったから良い報告があるのではないかと待っていたところだよ』
こちらが順調ではないことを分かっていての発言である。
フロイドにとっては、イグマンが仕事を成功しようが、失敗しようがどちらでもいいのだ。イグマンが成功すれば、ジェレミア伯爵の子どもを手に入れることができ、失敗をすればイグマンを自分の部下として手に入れることができるからだ。
イグマンはできるだけ感情を表に出さないように、努めて平静を装い状況を答えた。
「『この上ない』……とお答えしたいところですが、何とも言いようのない状況になっております」
『ふぅん。では、その理由を聞かせてもらおうか』
「ご存じなのでは?」
スビリウス所属の情報屋もいるであろうし、同じカナリア傘下のリルもフロイドに連絡を入れているかもしれないと思ったからである。
『イグマンから聞きたいのだよ』
くすくすと笑いを含めて言う。電話越しのフロイドは楽しそうだ。どうせイグマンが困ることを分かっていて言っているのだろう。
イグマンはため息を飲み込んで、ソルドーの宿屋で起こった件から、ここに至るまでのことを、周りに聞かれないよう注意しながら簡潔に話した。
しかしスビリウスの上層部の一人であるジェイの部下が、同じようにジェレミア伯爵の子どもたちを狙っていることを聞くと、少し声が暗くなる。
『……ふむ。それは初耳だ』
「そうですか。ジェイさまのほうからお聞きになったのかと思っておりました」
『上層部も共有しなければいけない情報とそうでないものがあるから、把握していないものもあるんだよ。とはいえ、勝手に手を出されたことはあまり面白くはないね。カナリアさまには報告しておくよ』
カナリアは、スビリウスの中で二番目に偉い者たちの一人であり、フロイドが仕えている者だ。その「カナリアに報告する」とのことで、イグマンはぴくりと眉を動かす。
「……はい」
少し間があったのをフロイドは見逃さなかった。
『何か言いたげな間だね? 何かな?』
イグマンが困っていることが分かっていて聞いているのだろう。
声は元に戻り、最初に受話器に出たときと同じように楽しそうだ。
(全く……この人には困ったものだ……)
「……いいえ、何でもございません」
『相変わらず嫌そうな反応だ』
「そのようなことはありません」
イグマンが答えると、フロイドは『そうかな』と言う。「嫌でなければもっと楽しく会話をしてくれるんじゃないか」と言わんばかりの一言である。
しかし、イグマンは何も言わず、ただ次の言葉を待った。
『すべては時の運が決める。イグマンはその中で己の最善を尽くすがいい。——あ、そう言えば一つ聞き忘れた』
「何ですか?」
『シェイルドにいると言っていたが、何故だ? 子どもたちがその町へ入って行ったということか?』
「その通りです。相手の仲間も増えました」
『……』
珍しくフロイドからの返事がない。
驚きつつもイグマンが「フロイドさん? いかがなさいました?」と尋ねると、彼は何かを考えるようにしながら、ゆっくりと答えた。
『いや、あることを思い出してね。シェイルドに住むという、ある部族のことさ』




