第173話 笑顔のやり取り
「そうでしょうか? 抗わなかっただけなのでは?」
フレイアの「抗わなかった」という言葉に、アルフィは体を硬くする。
屋敷が襲われた状況を思い出すと、確かに自分は何もできなかった。アルフィはユーインと共に部屋に隠れていたが、あっという間に捕まってしまい、そのあとの記憶がない。眠らされてしまったからである。
アルフィは、掴んでいる手綱をきゅっと握る。
(あのとき、僕にもっとよく考えて捕まらないようにしていたら何か違っていたのかな……)
するとアレクシスが、彼女の言葉に対してやんわりと言った。
「抗ったとしても、向かって来たものを凌駕しなければ逃れることはできないよ。それに皆がそうできる力を持っているわけじゃない」
諭すように言われ、フレイアは一度前を向く。そのあと馬の速度を緩めて、アルフィたちとの距離を縮めた。
アルフィたちよりも若干前を歩いていると、フレイアは「……私の申し上げていることは間違っている、ということですか?」と不機嫌そうに尋ねた。
「うーん……、そうだなぁ」
彼は呟くように言って、話の間を空ける。
(『君は間違っている』って、きっとアレクシスさんは言う……)
アルフィはそう思いながら、フレイアと同じくアレクシスがどう答えるのかをじっと待った。
「少し違う、かな」
アレクシスの言葉に、フレイアが目を見張った。
ここまでずっと、アレクシスはアルフィたちの肩を持っていたので意外だったのだろう。
しかし、驚いたのはアルフィも同じだった。まさか彼が「違う」という言葉を口にすると思っていなかったのである。
(『少し違う』ってことは、『間違いじゃない』ってことだよね……? フレイアさんの言っていることは、一体どこが正しいんだろう……)
「どう……違うんですか?」
おずおずと尋ねるフレイアに、アレクシスは彼女の反応を見て苦笑する。
「フレイアの言い分も分かるよ。貴族の多くはリョダリをセルディア王国の民と認めてくれていないからね。アルフィたちがそういう『貴族』の一員だから気に入らないんだろう。まあ、でも、気に入らないなんて言ったって、お互い距離が離れていたらそこまで気にする必要はないよね。つまり、貴族が貴族の土地にいたら気にしない。だけど、フレイアたちのことを認めていない人たちが、あなたたちの土地に来てその上守ってもらう対象になるというのは都合がよすぎる。それは納得がいかないんだよね」
「ええ、そうです」
フレイアは強くうなずいた。
ここまでのことはトレントのマックスの家で、ソフィアが話してくれたこととほとんど同じである。
(アレクシスさんは何をおっしゃりたいんだろう……)
アルフィが不安げになりながらも、彼の話の続きを聞いた。
「だけど、そうなってしまったのは大人の責任。つまり責める相手が違うというわけで、『責めるなら俺にしてくれ』ってことかな。こうなってしまったのは俺の力不足だからね。もし俺に力があれば、アルフィたちを別のところに連れて行って、君たちを巻き込むことはなかったのだから。すまなかった」
そう言ってアレクシスはフレイアに謝ったのである。
「それは……」
フレイアは何とも言えない表情を浮かべると、アレクシスと目を合わせる前にふいっと前を向く。
何も話さなくなってしまったので、もう話は終わったのだろうかと思っていると、突然馬の速度を落としてアルフィたちの馬と並走する口早に言った。
「ジェームスさまに謝っていただきたかったわけではありませんし、責めたいとも思いません。そのように言わせてしまったことはお詫びいたします。申し訳ありませんでした。とりあえず、事情は分かりましたので、ジェームスさまはこの件で謝らないでくださいませ!」
そしてぷいっとそっぽを向くと再び元の位置に戻る。
アルフィがぽかんと口を開けて見ていると、ぽんと肩に手が乗り、アレクシスが後ろから顔を覗き込んだ。
「フレイアの今の気持ちは分からないけれど、アルフィの状況は理解してくれたみたいだ。だから、もう大丈夫だよ」
「……どうして理解してくれたって分かるんですか?」
アルフィには、怒られて駄々《だだ》を捏ねているようにしか見えない。
「近いうちにきっと分かるよ」
アレクシスはそれ以上の説明はせず、にこっと笑う。本当に分かるのだろうかと思っていると、後ろのほうからソフィアとユーインが乗った馬が近づき、アルフィたちの左側を並走した。
「何かあったのか?」
フレイアが少し大きい声を出したからだろう。ソフィアは少し心配そうな顔を向けていた。
「ううん、もう大丈夫」
アレクシスは明るい声で言う。
まるで何事もなかったかのような振る舞いに、アルフィの心にちょっとだけ納得がいかない気持ちが現れたが、ふと、ソフィアの前に座る兄の顔を見た瞬間、彼の気持ちが何となく分かった。
(そっか……。アレクシスさんは、ソフィアさんに心配を掛けないようにしたかったんだ……)
アルフィを見るユーインの顔は、どこかぱっとしない。
ソフィアたちに檻から救い出してもらってから、ようやく笑みを見せるようになったのに、アルフィが今朝から機嫌を悪くしてから微笑しか見ていなかった。
(ごめんね、お兄ちゃん)
アルフィはユーインを見ると、にこっと笑った。
(もう、心配ないよ)
心の中で呟くと、それが通じたのかつられて兄の表情も緩んだ。
「それならいいが。——さて、そろそろ、マックスが予約してくれていた宿屋だ。アルフィ、ユーイン、今日もよく頑張ったね。ゆっくり休んでくれよ」
ソフィアの言葉に、二人は一緒にうなずくのだった。




