10あたたかすぎて
寒空のした、誰かが鍵をかけ忘れたのか、解放されていた屋上に私たちはいた。
なんだかもう、何をする気も起きない。
「千沙…都…、どうしたの」
「一汰君…じゃなくて一汰、ぎこちないわ」
「千沙都、もそうだ」
「う…。お互い様ね」
手先や頬が尋常じゃないくらい冷える。歯がなりそうになりながら、一汰と話していた。
まだお互いの名前を呼び捨てにするのは慣れないけれど、なんだか仲良くなれたみたいでくすぐったくて嬉しい。
「それで、ずーっとぼーっとしてるけど、千沙都はどうしたの?」
「……なんか、合格しちゃったのね、って思ってたのよ……」
「は?合格するためにやってたんじゃないの?」
めでたく第一志望の中学に一日目で私は合格したけれど、それ以来どこか、気が抜けてしまった。
「その通りだけれど、それほど中学に拘りはなかったから、はっきりいって受かっても落ちてもよかったのよ。それが…こんなに簡単に受かって拍子抜けしちゃったのかしら」
「頑張ったってことだろ?」
私は首を傾げる。
「そう、かしらね。なんだか実感が湧かなくて」
一汰がぽんと手を叩いて言った。
「それ、あれだ!燃え付き症候群!テレビでやってた」
私は素晴らしく納得する。
「確かにそうね。完全に燃え尽きたわ。跡形もなく」
「ダメすぎ」
「でも、本当にやる気が出ないのよ……。もうここから動きたくすらないわ………」
ドアにもたれて座っている私の言葉に、一汰が大きく反応する。
「ちょっと待って。それだと僕室内に入れないんだけど」
寒いのに、と言い出した一汰に同意する。
「私も寒いわ」
「そうじゃなくて、僕中に入りたいのに、千沙都がいたら、入れないじゃないか!」
「……あら、それは残念ね」
一汰の言いたいことは分かるけれど、私はまだその気分に浸っていたくて。こんな風に、一汰と話していられるのも、あと少しかもしれないと思うと、名残惜しかった。
「ああもういいよ!」
寒い寒いと文句を言いながらも、一汰は私と同じにドアの前に座り込んだ。隣に人がいるだけで、少し暖かくなるような気がするから不思議だ。
「寒くないの?」
私が一汰に問えば、当たり前だと言うように鼻を鳴らして、私を心配そうに見る。確かに私はコート一枚で寒そうかもしれない。
「絶対千沙都の方が寒いと思うんだけど」
「まあ……寒いけど、慣れているから大丈夫よ」
私は少し忘れ物が多くてうっかりしているから、マフラーや手袋みたいに忘れても気がつかないような物は、すぐになくしてしまいそうで、持たないようにしている。
そんな風にしている私をじっと見つめた一汰は、少し考えたようにしてから、手袋とマフラーを差し出した。
「………ありがとう?」
どうしたらいいのかわからず、困ったように受けとる。一汰は察しの悪い私に、照れたのか、早口で言いつけた。
「手にはめて」
言われた通り、一汰と隣り合っていない方の手に手袋をはめたら、その間に一汰がマフラーを膝掛けみたいにして私に掛けてくれた。
「…………一汰、あなたすごく紳士ね」
膝掛けに活用は初耳だ。
小学生がこんな紳士でいいのだろうか、と微妙な表情になってしまう。私だって女性といえるような歳ではないし、それは一汰だって同じだから。
どうして一汰みたいな子がクラスに馴染めなかったのかが、凄く不思議だ。可愛いし、綺麗だし、フェミニストなんだから、モテるだろうに。
そこまで考えて、それが原因か、とふと思い至った。良くできすぎる、というのも考えものか。
けれど、最近はよく笑うから、本当に良かった。
「父さんが、女子の方が体が冷えやすいって」
「………あなたのお父さんが紳士なのね」
「母さんも言ってた」
「……。すごくいいご家族ね」
私はそんなことは言われたことはない。悲しむべきなのだろうか。
私の半ば呆然とした賛辞に、一汰はとても嬉しそうな顔をした。一汰はいつも、家族の話になるとすごく楽しそうで、大好きなんだなあ、と気持ちがよくなる。
「………でも、はい。これは、一汰のためのものだから」
私はマフラーを一汰の首に巻き付けて、手袋を片方返した。
「でも、……」
「でも、手袋は片方だけ借りていい?こうしていたら、私も一汰も、暖かくしていられるでしょう?」
言い募ろうとした一汰の言葉に被せて、私は言い、一汰の手を繋いだ。
私の右手には、手袋。
私の左手には、一汰の右手。
一汰の右手には、私の左手。
一汰の左手には、手袋。
これで暖かいでしょう、と笑いかければ、一汰は首に巻いたマフラーをほどいて、半分私に巻き付けた。
「あったかいでしょ?」
一汰も私に笑いかけた。私はそうねと頷いた。
本当は、繋いだ手は北風が当たって冷たい。一汰の手も、私の手も冷えているから不十分。
マフラーだって、二分の一人分しかないから、すきま風が当たってしまう。
震えるほどに寒いのに、腹の底から笑い出したいような暖かさが沸き出した。
くすくすと笑みを溢せば、一汰は不思議そうに私の顔を覗き込んだ。
「…どうしたの?本当に今日は。疲れてる?」
…心配されてしまった。
私は笑みを引っ込めて、一汰に訊ねた。
「ねえ、私たちは、私が卒業しても友達、よね?」
一汰も私も、繋いだ手に力が籠るのが分かる。私が、寒いのに動こうとしないのは、きっとこの不安が原因だ。
私は次の春には中学生になってしまう。そうしたら、きっと会えることは少ない。それでもいいのだろうか。
「………友達だと思ってる、僕は」
一汰も不安だったから、同じように寒いのに、私と一緒にこの寒さを共有してくれていたのかもしれない。
消え入りそうな声が、泣き出したいほど嬉しかった。
「……じゃあ、これ、貰ってね」
私はずっと渡そうか悩んでた紙を一汰に手渡す。
「私の携帯の番号。何かあったら、相談して。―――何もなくても、電話して。そうしたら、公園とかでおしゃべりしよう?面白い本があったら、教えて?」
なんだか泣きそうに不安な声で一汰に告げていて、私は新しい環境に、こんなに心もとない気分でいるのか、と思った。
「………うん、わかった」
その日風邪を引くまで、私たちはそこで手を繋いでいた。




