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御曹司とご令嬢  作者: 喜多彌耶子
そして二人の恋物語
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5:絡めた指が愛になる

それからの日々のことを、少しだけ語ろう。


彼女と彼が、本当の意味で結婚を意識したあの日から、特に何かがかわったわけでもなかった。


二人は婚約者であり、片方はまだ学生である状況で、そして、柵をたくさん抱えた彼らは、すぐにはなにもかえられなかった。




あの部屋は、あまりしないうちに引き払われた。


あっさりと淡々と、あまりに潔く引き払う彼女に、それでいいのか、と、逆に彼の方が気になってしまいそう問いかければ、彼女はただ、鮮やかに笑った。


わかっているでしょう、と。


そう、あの部屋が必要なわけじゃない。あの部屋という物理的なものが必要なわけじゃない。

大事なのは、必要なのは、あの時のあの空気と、二人の存在と、お互いを思う気持ちで。

それには協力が不可欠なのだ、と、そっと彼は笑い返した。




彼らは、特に、何か目立って何かを起こそうと行動を起こしたわけでも、なかった。

何かを打ち破ろうとか、強く何かを変えようと、彼らがしたわけでは、なかった。


彼女は、間違いなく、高階のご令嬢であり、そこから西宮寺に嫁いでくる人であって。

彼は、西宮寺の御曹司であり、高階のご令嬢を妻として迎える人であって。


その枠組みは、どうしようとも、彼らのもとから引き剥がされるものでもなく、そして、彼ら自身も無理にそれを引き剥がす必要を感じてはいなかった。


引き剥がすことも、不可能ではない。けれど、彼と彼女は、理解していた。ただ、激しく抗うことだけが、引き剥がし自由を求めることだけが、すべての解決になるわけではない、という「現実」を。


故に、彼と彼女は、ただ静かに淡々と、今までと同じように、日々を過ごしていた。


そう、外側からみれば、今までと何かが変わったようには見えない、なんら変化のない、関係だった。


――けれど。


時折、彼が、秘書の柏木に命じて、否、頼んで、時間をとってはひっそりと彼女と普通の街歩きを楽しんでいる、だとか。


彼女が、こっそりと、叔母のつてで、知り合いの奥様の所に、料理の腕を磨きにいってる、だとか。


二人の結婚後、最初の新居は、これまでは、西宮寺の家に入る話になっていたのが、彼が仕事の関係上、職場の近くがいいといったことから、彼と彼女だけでしばらく暮らすことになる、とか。


そこに派遣される予定の、とある女性は、彼女の昔からの世話係であり、だれも知らないことだけれど、実はその秘密の部屋での行動も知っていた上に、彼女に家事のアドバイスを時折したこともある女性である、とか。


少しずつ、少しずつ、彼と彼女は、自分たちが望むように、望むものを手に入れられるように、動き始めていた。


大きな行動をしたわけじゃない。

何かを変えようとしたわけではない。


けれど。


高階の娘であり、西宮寺の嫁となる彼女と、西宮寺の御曹司でありいずれ継ぐであろう彼と。


もちろん、柵もおおく、すべてが望むとおりになるとは限らなくて、自由に鳴ることばかりではなくて、その埋められないギャップから起こる思いに、彼女の前だけではどうにも感情が素直に出てしまうようになった彼が、いらだちにさいなまれる時が、時々はあった。


――それでも。


望むものがなんなのか、彼も彼女も、忘れていなかった。


それだけは忘れないように、と、日々を過ごした。


欲しいものは、本当に小さな、幸せ。小さな、優しさ。小さな、思い。


胸の中にそっと灯るような、穏やかな幸せ。


それだけを大事に、日々を過ごしていく。


喧嘩もした。無理だと思ったこともあった。別れることは選択肢にはないけれど、諦めようかと思ったこともそれぞれにあった。


それでも。


ひとつひとつ、乗り越えた。ひとつひとつ、確かめ合った。


――それは、よくある普通の恋人と、よくある普通の恋愛と、何ら変わることがない、物語。





時は流れる。


春が過ぎ、夏が過ぎ、季節はめぐる。



その中で、彼は、彼女は、表向きのパーティや会食に参加しながらも、密やかに彼らの望む会合を、周囲の協力で続けていた。


ひっそりと、秘めやかに。


その中で紡がれていった思いは、静かに、ゆっくりと、降り紡がれて形となる。




――そして、数回の春が過ぎたとき。


彼女は彼の、妻となり。


そしてまためぐる季節の中で、彼女は母となり、彼は父となる。





「母さまは、何故、父さまと結婚したの?」


肩までで切りそろえられた髪を、さらりと揺らしながら幼子が問う。


西宮寺の別邸扱いとなっている、彼らの家の、みなが集まる日当たりの良い部屋の中で、傍らに座る娘へと、彼女は静かに微笑んだ。



「ばかだな、そんなこときいたら、いっぱいのろけきかされるぞ」


「みぃは、ばかではないもの」


隣で本を読んでた、少しとしかさの少年にそう茶化されて、幼子はぷっくりと膨れ上がる。


「バカなんて言ったらダメよ。そうね、父さまと結婚した理由、それはね――」


語られるのは、よくある恋物語。


彼と彼女の、ごく普通の恋物語。


彼が彼女に出会い、彼女が彼に出会って恋した、ただ、それだけの物語。


けれど。


その奥に秘められた思いは、きっといつか、子供たちにも伝わるだろうか。


黙って微笑みを浮かべ、子供たちと彼女を眺めていた彼は、静かに思う。



人が人を思う気持ちは、どんな環境であれ状況であれ、変わるものではないのだ、と。


それらはすべて、どんなものでも、ごく普通の恋物語になる。


そして。


そっと、彼は彼女の手をとり、指を絡める。


あら、と、少し照れくさそうに微笑む妻である彼女と。


わぁ、と、嬉しそうに目を輝かせる幼子と。


少し辟易したようにげぇ、と、わざとらしく声を出す少年と。


そんな、家族との生活を、しみじみと、思う。



そして、恋は、愛へと変わり。


彼は、彼女は、望むものを手に入れた。



ずっと紡がれていく、物語。


つながっていく、愛のお話。





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