第八章 パイナップルのピザ?
「マンマ・ミーア! お嬢様、今、ピザに何を載せるとおっしゃいました?」
「パイナップルよ」
アイリーンは切り分けたパイナップルを一つ取り、チーズを敷き詰めたピザ生地に載せた。
マリオ・ロッシの笑顔が凍りついた。
鼻の下で左右に跳ねた小さな口ひげを指でひねる。今のが聞き間違いでなかったか、確かめようとしているようだった。
「パイナップル……と、おっしゃいましたか?」
「ええ。それにハムも少し」
「マンマ・ミーア!」
マリオは五本の指先を勢いよく寄せ合わせ、アイリーンの目の前に突き出した。
「お嬢様! これはピザです! ピザ! フルーツケーキではございません!」
アイリーンは目をぱちぱちさせた。
「でも、パイナップルとハムって、おいしいと思うの」
「思う?」
マリオは両手を同時に持ち上げた。
「『思う』でピザを扱おうとおっしゃるのですか?!」
気が急くあまり台の周りをぐるりと回り、小麦粉を運ぶ助手にぶつかりかけた。
「生地、トマト、チーズ! なんとすばらしい組み合わせでしょう! それなのに、この上のパイナップルをご覧ください!」
パイナップルをつまみ上げ、目の前に掲げる。
「甘いんですよ!」
「少し酸っぱくもあるわ」
「マンマ・ミーア! 酸っぱいとまでご存じなのに!」
アイリーンは思わず笑った。
「マリオ、そんなに怒らないで。食べてみればわかるじゃない?」
「いいえ!」
マリオはパイナップルを皿に戻すと、急いで手を拭き、胸に並ぶ三つの金色の星章をうやうやしく整えた。
「お嬢様、このマリオ・ロッシは、エドウィン王国の正式な認定を受けた三つ星料理人ですぞ!」
胸を張り、一方の手で徽章を押さえ、もう一方の五本の指先をまた寄せ合わせた。
「料理を作り続けて三十年! 王室の使節をおもてなしし、十人衆の四番閣下の晩餐まで用意したのです! ピザにパイナップルを載せるなど、私の誇りが許しません! たとえお嬢様のお父上、総督閣下のご命令でも、お断りいたします」
「でも、トマトだって果物よ」
アイリーンは真顔で言った。
マリオは固まった。
口をぱくぱくさせ、右手は宙に止まったままだ。
「トマト……」
「ええ。先生に教わったもの」
「それは別です!」
「どう違うの?」
「どう……どう、違う……」
「とにかく、トマトはトマトなのです!」
両手を右へ左へ振り回すマリオは、あまりのもどかしさに口ひげまで震わせていた。
「マンマ・ミーア、とにかくパイナップルとトマトは、まるで別物なのです!」
傍らにいた老執事が、とうとうこらえきれずに吹き出した。
マリオは即座に振り向いた。
「何がおかしいのです?!」
「いえ、何も」
執事は咳払いをした。
「ただ、お嬢様のおっしゃることにも一理あるかと思いまして」
「あなたまで、そうお考えですか?!」
マリオは信じられないという顔をした。
胸に手を当てる姿は、裏切りにでも遭ったかのようだった。
アイリーンは慌てて袖を引いた。
「わかったわ。載せなければいいんでしょう」
マリオが胸をなで下ろしかけたところで、アイリーンはまた、気になったことを尋ねた。
「でも、赫燼尊神がじきじきにお望みになったら?」
マリオの手が止まった。
「何ですと?」
「赫燼尊神もパイナップルのピザが食べたいとおっしゃったら、作ってあげる?」
マリオは改めて口ひげをなでつけた。
「お嬢様、私は尊神の最も敬虔な信徒でございます」
「知っているわ」
「尊神の神託には、もちろん従わねばなりません」
「じゃあ、作るのね?」
「いいえ!」
マリオはきっぱりと言い切った。
アイリーンは一瞬きょとんとした。
「え? どうして? 赫燼尊神の敬虔な信徒なんでしょう?」
「真の信仰とは、神に最上のものをお捧げすることだからです!」
マリオは両手を胸の前へ上げ、指先をぎゅっと寄せ合わせた。
「たとえ赫燼尊神がじきじきに目の前にお立ちになっても、そのようなとんでもないお考えはお取り下げくださるよう、お願い申し上げます!」
「それでも尊神が食べたいとおっしゃったら?」
「重ねてお諫めします!」
「お怒りになったら?」
マリオは赫燼にまつわる噂をいくつか思い出したらしい。
一瞬ためらったが、すぐに胸の三つ星の徽章へ手をやった。
「マンマ・ミーア! そのときは、本物のピザにパイナップルを載せてはならない理由を、尊神にご説明いたします!」
アイリーンはマリオを見つめ、急に少し感心した。
料理がおいしいことは知っていたけれど、これほど固い信念の持ち主だとは思わなかった。
「わかったわ」
献立を取り上げ、パイナップルとハムのピザを線で消した。
「じゃあ、普通のハムとチーズのピザにしましょう」
マリオはようやく笑顔になった。
「ご理解いただき、ありがとうございます、お嬢様!」
口ひげをひねり、再び銀の皿を手に取った。
「必ずやこの手で、尊神にこの上なく完璧なピザを焼いて差し上げます!」
そう言うと、助手たちへ向き直って声を張った。
「生地の準備はできたか? トマトソースは? マンマ・ミーア! そこのチーズ、そんなに厚く切るんじゃない!」
腕を振り回し、忙しく厨房を指揮する姿を見て、アイリーンはまた笑ってしまった。
「サバス、どうしてマリオは話すたびに手を動かすの?」
サバスという名の老執事も、マリオの大仰な身振りをまねるお嬢様を見て笑った。
「若いころ、ソレンシアの海商について料理を学んだのです。あちらの人たちは皆、ああして話すそうですよ」
「じゃあ、両手に物を持っていたらどうするの?」
「先ほどお気づきになりませんでしたか? 皿を置いてから、ようやくすらすらと話し始めたでしょう」
アイリーンは少し考え、たちまち腰を折って笑った。
「お嬢様! お嬢様!」
侍従が慌ただしく厨房へ駆け込み、出ていこうとしていたアイリーンにぶつかりそうになった。
「どうしたの?」
「総督閣下からのお伝えです。赫燼尊神と六番閣下が出発のご準備を整えられ、まもなく総督邸へお越しになるとのことです!」
「本当?!」
アイリーンはぱっと背筋を伸ばした。
「お父様はほかに何か?」
「邸内の役人と侍従は全員、お迎えの準備を整えるようにと。尊神にくれぐれも失礼のないよう、仰せつかっております」
「わかったわ!」
アイリーンは慌てて厨房へ向き直り、声を上げた。
「マリオ! 尊神がもうすぐいらっしゃるわ! 朝のお茶の準備、頼んだわよ!」
「お任せください、お嬢様!」
生地の点検に追われていたマリオは、その声を聞くなり胸を張り、口ひげをひねった。
「このマリオ・ロッシ、三つ星料理人の名誉にかけて、決して尊神を失望させはいたしません!」
そう言うと、また助手たちへ向かって身振りを始めた。
「聞いたか? 急げ! マンマ・ミーア! この馬鹿者、誰がもうポーチドエッグを鍋に入れろと言った! 尊神たちはまだお着きでないぞ!」
マリオの采配で、厨房は秩序正しく、どこかおかしみを漂わせながら動いている。アイリーンは満足してうなずいた。
献立をもう一度確かめようとしたところを、サバスに止められた。
「お嬢様、厨房はマリオにお任せしましょう。そろそろお部屋へお戻りください」
「部屋へ? どうして?」
サバスは困ったようにドレスを指した。
「そのお姿で尊神にお目にかかるわけにはまいりませんでしょう?」
アイリーンは目を落とした。
淡い青のスカートには何か所も小麦粉がつき、袖口には拭き残したクリームがあった。
きちんと整えていたはずの長い栗色の髪まで、いつの間にか何筋もほつれている。
「あら、大変!」
慌ててスカートをはたいた。
ところが粉は落ちず、かえって白い手形が二つついてしまった。
サバスは思わず笑った。
「今のお姿では、総督家のご令嬢とはとても思えませんな」
「今日はすることが多すぎるんだもの」
アイリーンは少し恥ずかしそうに自分のドレスを見た。
「わかったわ、着替えてくる。厨房と朝のお茶の準備は、あなたが見ていてちょうだい」
「どうぞご安心を」
サバスは軽く身をかがめた。
アイリーンは二歩ほど歩いたところで、ふと足を止めた。
「そうだわ、サバス」
「ほかに何かご用でしょうか?」
「少しかがんでくださる?」
サバスは訳もわからぬまま身をかがめた。
アイリーンはまず厨房へ目をやった。
マリオはこちらに背を向け、両手を振りながら、助手の置くチーズの位置を大声で直していた。
こちらを見ていないのを確かめてから、アイリーンはサバスの耳に口を寄せ、小声で何事かささやいた。
聞き終えたサバスは、思わず目を丸くした。
「お嬢様、本当にそれを……」
「しっ!」
アイリーンは急いで指を一本立て、続きを止めた。
「マリオに聞こえるわ」
サバスはもう一度厨房へ目をやり、そっとうなずいた。
「本当にそんなことをなされば、マリオはかんかんになるでしょうな」
「だから、内緒なの」
アイリーンは唇を結んだまま笑った。
琥珀色の目が細められ、いたずらがうまくいったような色を浮かべた。
「小さいのを一枚だけよ。まず私が味見するわ。おいしくなければ、こっそり捨てる。絶対にマリオには気づかせないから」
サバスは困り果ててため息をついた。まだ何か言って、このわがままなお嬢様を思いとどまらせたかった。
だが、大きな目ですがるように見上げられると、その気も失せた。
「はあ……承知しました。誰かに用意させましょう」
「ありがとう、サバス。引き受けてくれると思っていたわ」
アイリーンは嬉しそうに手を叩いた。
立ち去る前に、マリオの背中をもう一度見た。
(見ていなさい。赫燼尊神がいくらでも褒めたくなるようなピザにしてみせるわ)
そう思うと、思わず愛らしい悪戯っぽい笑みがこぼれた。スカートを持ち上げ、二階の寝室へ軽やかに駆けていった。




