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婚約破棄排泄ゼリー〜復讐者が幸せになっても、いいですか〜  作者: 佐村河内ちゃっぴい


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21/22

祝福

シュラは革袋の口をきつく結んだ。

中で人格ゼリーがかすかに震えていることを確かめると、シュラは立ち上がった。


「さて」


大広間を見渡すと誰もが混乱していた。

花嫁は運び出され、料理人は青ざめ、客人たちは互いに顔を見合わせているその中心で、クラウスだけが動けずにいる。


「……シュラ」


掠れた声を出すクラウスをシュラは見る。

かつてわたくしを捨てエリシアを選んだ男は今、何もかもを失った花嫁を追いかけることさえできずにいる。

シュラはゆっくりと微笑んだ。


「クラウス様、お祝いを申し上げますわ。ご結婚、おめでとうございます。どうか、お二人で末永くお幸せに」


クラウスは目を見開き、静かな声で答えた。


「待ってくれ、シュラ。僕は……」


「何も説明なさらなくて結構です。あなたが選んだ方と、あなたが選んだ人生ですもの」


シュラは遮り、クラウスの唇が震える。


「だけど、エリシアは……」


「それも、お二人の人生です。では、ごきげんよう」


許すわけではなく、慰めるつもりもなく、ただ、もうわたくしの人生にクラウスの居場所を残す必要もない。

シュラが振り返ると舞台袖では、団員たちが息を潜めて待っていた。

グリヴが小さく手を振っている。

トーロは周囲を見回し、シュラの姿を確認すると、ほっとしたように肩を下ろした。

シュエットは片手で帽子を取り、アルエットは静かに客席へ目を向ける。

シュラは団員たちの前まで進み、深く頭を下げた。


「皆様。ありがとうございました」


「シュラ……?」


パンソンが目を丸くする。


「今日まで一緒に舞台を作ってくださって、本当に感謝していますわ」


ルージュゴルジュが驚いたように鼻をすすった。


「な、なんだ突然。改まって」


シュラは笑った。


「わたくし、皆さんと舞台に立てて幸せでした」


シュラは頷き、客席へ向き直った。


「皆様も。本日はわたくしたちの舞台をご覧くださり、ありがとうございました」


まだ騒然としている客人たちが、一斉にシュラを見る。

頭を下げるシュラの水色の髪が、淡い波のように肩から流れた。


「サーカスの演目はこれにて終了です。どうぞ、お気をつけてお帰りくださいませ。では、皆様。今度こそ、ごきげんよう」


誰もシュラを引き止められなかった。

今日、この場所で奪われたものはあまりにも多く、誰もがその余波の中に立ち尽くしていた。


「行きますわよ! とぅ!」


尾びれが大きく床を打ち、そのまま勢いをつけて跳ね上がる。

シュラの身体が宙を舞い、窓めがけて飛んで行く。


「そこか!」


使用人が叫び、シュラは窓枠を尾びれで蹴った。

ガシャンと音を立てて窓が大きく開き、風が一気に吹き込んだ。

次の瞬間、シュラの姿は窓の外へ消えていた。


「追え! 逃がすな!」


怒号が響き、シュラは屋敷の外壁に沿って設けられた堀へ飛び込んだ。

冷たい水が鱗を撫で、そのまま身体をひねり庭へ抜ける。

背後から足音が迫ってきた。


「いたぞ!」


シュラの前方に小さな噴水が見え、一度水底を蹴る。

水から水へ、ばしゃりと飛び移る。

噴水から用水路へ、用水路から池へ。


「こっちだ!」


追手が池の縁まで駆けてくるが、そこにはもうシュラはいない。


「どこへ行った!?」


「水場を探せ!」


別の声が飛び、シュラは池の中を泳ぎ、石組みの隙間から細い水路へ抜けた。

冷たい水が今のシュラには道標だった。

街中を流れる水、池、噴水、人工水路、さらにその先にあるのは街の外へ流れ出る小川。


「見つけた!」


追手が水路の出口を塞ごうとするがシュラは速度を落とさない。


「止まれ!」


手が伸びて指先が髪をかすめる。

水路の壁を尾びれで強く打ち、シュラは身体を横へ滑らせた。

手が空を切る。

シュラの身体が跳ね、追手の頭上を越える。


「なっ……! 速い!」


シュラは着水すると、そのまま川へ飛び込んだ。

どん、と水音が響く。

川は屋敷の水路よりずっと広く、流れも速い。

追手たちが岸へ走る。


「川だ!」


「下流へ回れ! 急げ!」


シュラは流れに身を任せながら、尾びれを大きく動かす。

右へ左へ岩を避け、浅瀬を抜ける。

追手が少しずつ遠ざかっていく。

やがて川幅がさらに広がり、水の匂いが変わる。

僅かに磯の香りがしてシュラは顔を上げると、遠くには広い海が広がっていた。


「……海ですね」


思わず声が漏れる。

汽水域の流れが海へ溶けていき、シュラはついにその境目を越えた。

背後を振り返ると、もう追ってくる者はいない。

シュラは深く潜り、水面の光が遠ざかる。

髪が海流にほどけていき、革袋を胸元へ抱え直す。


「……帰りましょう」


海はただ静かに、シュラを深い闇の中へ運んでいった。

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