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婚約破棄排泄ゼリー〜復讐者が幸せになっても、いいですか〜  作者: 佐村河内ちゃっぴい


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14/22

招待状

朝の広場には昨夜までの雨が残した水たまりがいくつもあり、石畳の隙間から冷たい空気が立ちのぼっている。

それでも、広場の中央には人が集まっていた。


「王国一座、ル・シルク・ド・ルージュゴルジュ!」


呼び込みの声が響き、旗が風にはためいて太鼓が鳴る。

シュエットが次々と燃える輪を投げ、パンソンがその下を走り抜ける。

トーロが巨大な鉄球を軽々と持ち上げれば、観客から歓声が上がった。

最後に、幕の向こうから運ばれてくる水槽の中でシュラが歌い始めた。

一音目が広場へ落ちた瞬間、水面が細かく震える。

潮の香りと、屋台から漂う焼き菓子の甘い匂いが混ざった空気の中へ、澄んだ歌声が伸びていった。

曲が終わるとまるで広場が拍手で爆発したようだった。


「人魚さん! もう一曲!」


「王国一座、最高!」


拍手が波のように押し寄せ、シュラは水槽の縁へ手を置いた。

ここでは客席の一人ひとりの顔が見える。

笑っている子供、肩を寄せ合う恋人たち、手を叩きすぎて赤くなった老人、そのすべての視線が舞台の上にいる自分へ向けられている。


「ありがとうございました」


シュラが頭を下げるとまた拍手が起き、幕が閉じる。

裏へ戻ったシュラを、ルージュゴルジュが待っていた。


「お疲れさん! 本日の客入りも満員だ。今月に入ってから空席を見た覚えがない!」


団長が胸を張り、パンソンが横から顔を出した。


「僕、最近お客さんの顔を覚えてきたよ! 昨日も一昨日も最前列にいたおじさん、今日もいた! 『幸せをありがとう』『一生涯推す』って書かれたうちわを持って号泣してたよ」


「それは結構なことですわね、もはや団員ですわ」


シュラが淡々と言うとパンソンが吹き出し、団長も笑う。

笑いが収まったところで、団長は一枚の紙を取り出した。


「それでな。今日は別の話がある。王都の興行管理局からだ。先日の公演記録と今年の興行収入を審査した結果、今年度の王国内における興行収入第一位を、我が一座が記録した」


紙には王家の紋章が押されておりシュラの指が止まる。


「……正式な書状ですの?」


「そうだ」


「……第一位? 王国で?」


アルエットが聞き返す。


「そうだ」


トーロが腕を組む。


「一番?」


「一番だ!」


団長が叫び、パンソンが飛び上がった。


「一番だって!」


シュエットまで片手を高く掲げる。


「やったな!」


グリヴも笑い、その笑顔を見ながらシュラは書状へ目を落とした。

この一座の舞台を見たいと思った人間が、それだけいたということだ。

誰かが金を払い、時間を作り、わざわざ足を運んだことが誇らしく、シュラは書状をそっと指でなぞった。


「……ここまで来ましたのね」


「おう! お前が来てから、客が増えた。だがな、シュラ」


団長の声が少し低くなる。


「それだけじゃない。みんなが舞台を良くしようとしたから、ここまで来たんだ」


周囲を見ると、グリヴは義足の留め具を直している。

シュエットは新しい道具を磨き、アルエットは汗を拭きながら笑っている。

トーロは鉄球を抱えたまま、満足そうに頷いていた。


「ええ。存じていますわ」


そのとき、団長がもう一通の封筒を差し出した。

今度は、見覚えのあるタイムアタック家の紋章だった。


「……まさか」


「その、まさかだ」


団長が封筒を開く。


「先日の営業で話していた結婚式の余興。正式な招待状が届いた」


シュラは書状を受け取った。

上質な紙、金の縁取り、祝宴の日付、会場の名、そして余興を担当する一座として、正式にル・シルク・ド・ルージュゴルジュを迎える、と記されている。

書状の末尾には、結婚式当日の集合時刻と、演目の確認を行うための連絡先まで記されていた。

ただの候補ではなく、もう決定事項なのだ。


「本当に……わたくしたちが呼ばれたのですわね」


「だから言っただろう。王国一だって!」


団長が豪快に笑い、団員たちからも声が上がった。

「あの屋敷で演じられるのね」とアルエットが笑えば、パンソンは「今度はもっと大きな火の輪を!」と拳を握る。

シュラはその声を聞きながら、書状を胸へ押し当てた。

文字が滲んだように見え、シュラは瞬きをする。


「シュラ?」


アルエットの声。


「……何でもありませんわ」


あの日、自分を切り捨てた二人が、最も華やかな場所に立ち、そしてわたくしも人魚の歌姫として、王国一のサーカス団の一員としてそこへ行く。

誰にも追い払われることなく、わたくしの尾で舞台へ上がる。

団長が尋ねた。


「どうする?」


シュラは書状から顔を上げた。


「もちろん、受けます。わたくしは、あの舞台に立つためにここまで来たのですもの」


団長が黙ってシュラを見るとその目には、いつもの舞台への熱とは違うものがあった。

シュラは衣装の内側へ手を入れる。

指先に触れた冷たい小瓶を握った。


「団長。わたくしは、最後まで舞台を成功させますわ」


「当然だ」


シュラは水槽の向こうに広がる広場を見て、小瓶を衣装の内側へ戻した。

その瞳から迷いが消えていく。


「……必ず」


その一言だけが、誰にも聞こえないほど小さく、しかし確かな声で落ちた。

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